第22話「嘘つき」
「もう、こんな時間!」
焦る気持ちが、行儀よく定位置に置いたはずの台車を、バレーボールの入ったカゴやら跳び箱やらにぶち当て、あげく壁に激突させて大層な音を立てさせてしまった。
「やば……」声に被るように、「おい、何暴れてる!」開け放した扉から、男バス部顧問の叱責が飛んできた。
振り返りざま、「すみませーん。手が滑っちゃって……」ワンオクターブ高い声をあげ、あたしは慌てて台車にかけよる。
「ちゃんと直しとけよ」
眉間に皺を寄せる強面顧問に、「はいすぐに! すみません!!」素直に謝罪したら、足音が遠ざかっていった。
でも間を置かず、「おいそこ、何を遊んでる!」の怒鳴り声。
まったく、放課後だってのに、どんだけ元気なんだか。きっと授業手抜きしてるんだろうな。だからつまんないだ、地理――思いながら、あたしは乱した体育倉庫を急いで片付ける。
江上くん、来てるかな?
やりあってたりしてないといいけど。
もう、何だってこんな日に日直なんだろう。
それにしても、急がば回れって本当よね――なんてぐちゃぐちゃ思いながら、あたしは、散らばったバレーボールを拾い集めた。
「日直、ちょっと手伝ってくれ」
HR終了直後、さあいよいよ! と身構えたあたし目がけて、容赦なく飛んできた担任の視線と言葉。
「
渋々職員室に一緒に向かった片割れは、寛大さが体にも表れている善良男子。
沈黙は罪、とばかりに延々と話しかけてくるので、気遣いはありがたいけど、無難な相槌を打つのも大変なんだよ…と思ったりした。
職員室では言われるがまま大量のコピー&仕分け、ここぞとばかりにクラスの情報を聞き出そうとする担任をさばきながら、とにかく早く解放されたい! それしか考えてなかった。
だから、「悪いんだけど、この台車、体育倉庫に返しておいてくれない?」
どちらかと言うと善良男子に向けて言われたお願いという名の命令を「私がっ!」と前のめりにお受けした。
とにかく、やたら絡みつく担任と善良男子を振り払うのが、一番話が早いと思ったからだ。
だからあたしは、「一緒に行こうか?」という善良男子を「大丈夫。あたし、鞄持ってきてるから、そのまま帰れるし」とにっこり振り切り、台車に鞄を乗せて、注意されないギリギリのラインで廊下を急いだ。
体育館はグラウンドの北側、本館の東側に位置している。
だけど体育館と本館の間には、生徒数減少のおかげで廃屋になっている旧部活棟と鬱蒼とした庭があり、まっすぐに行ける道は確立されていない。
かといって、校舎まで戻って右折するといういつものルートを辿ると、教室に鞄を取りに行った善良男子と鉢合わせする可能性もある。そうなると振り切るのが面倒だ。
なのであたしは、バスケ部とバレー部のボールが飛び交う体育館をどうにか抜け出すと、北へ向かった。
体育館の北側は、鉄柵になっている。行ったことはないけれど、柵沿いに行けば、多分北門に出られるはず。北門まで行けば、本館に繋がる道がある――そう見通しを立てて、あたしは柵沿いを走った。
誰も通らないのか、地面は草ぼうぼうで、うっかり躓いてしまったことが何度か。それでなくても暑いのに、無駄に汗が出る。
国語準備室に前に制汗シート使わなきゃ――思いながらあたしは、ひたすら柵沿いに走った。
余りの足場の悪さに、ここ、北門に行かないんじゃ……と不安になったけれど、しばらく走ったら、重厚なレンガ造りの門が見えてきて、ほっとする。
そこであたしは、ようやく足を緩めた。
「こんにちは」
「おお、今日は遅いな」
「ちょっと色々」
なんて会話を警備員さんと交わし、あたしは小走りに階段を上がる。踊り場を曲がったところで、制汗シート&鏡チェック。
よし! あたしは深呼吸して、ゆっくりと階段を上がる。
二階に上がると、いつもの通り、突き当たりのドアは少し開いていた。
江上くん、来てるかな……ドキドキしながら速足で準備室に向かうと、かすかに人の声。
誰かいる!? しかも笑い声じゃない?
もう駆け出したくなったけれど、盛り上がってる二人を邪魔したら悪いよね、タイミングを見て中に入ろう――そう思って、あたしはできるだけ足音をひそめて、準備室に近づいた。
そっと中を覗く。
向坂くんが、こちらに背を向けて立っていた。
風に踊るレースのカーテンに包まれるみたいにして、窓際に立って外を見ている。
あれ? 他に誰もいない。
人の声が聞こえた気がしたの、気のせいだった?
「もぉ、ダメだよ、そんなこと言ったら」
――え?
「うん。分かってるよ。だから、もうちょっとだけ待って?」
何?
誰と話してるの? そんな甘い声で。
「うん、分かった。すぐ行くから。待ってて――ゆうちゃん」
ガン! という、何もかもを打ち砕くような、無粋な音。
気づいたら、足元に鞄が転がっている。
驚いたように振り返った向坂くんの手には、スマホが握られていた。
「嘘つき……」
気づいたら、そう声にしていた。
あたしは、鞄を攫うと、これ以上ないってくらい、無茶苦茶に走ってその場から逃げ出した。
背後から声が聞こえた気がしたけれど、あたしは振り向かなかった。
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