第四章「事件」

第21話「ふたりめ」

「ということで本日、テスト終了いたしました」


 向坂くんの言葉で、あたしたちは小さく拍手した。

 ここは三階廊下の柱の影、この先にあるのは開店休業中の図書室のみである。


 昨日まで満員御礼だったはずなのに、今やこの長い廊下にすら人気はない。明日からの日常を前に、非日常を謳歌するぞとばかりにみんなが早々に下校したおかげである。


 かくいうあたしも、30分後に駅前集合の予定だ。


 あたしたちはこのテスト期間、目配せ、投げ文、待ち伏せ――いったい何時代なんだよとツッコミたくなる古典的手段で、江上くんへの招待文を加筆修正し合っての、本日、この時である。


「ということで」


 向坂くんが鞄から取り出したのは、例の、角のキッチリした封筒である。

 紺色のそれに、銀色で「招待状」の印字。(あいつ、英語苦手みたいだから、とは向坂くんの言)。封蝋なし。いたってシンプルな造りである。


 なるほど、人によって変えるっていうのは、こういうところからなワケね。

 それにしても――向坂くんは、あたしをどう思っての、招待状だったんだろう。


 今度訊いてみよう――思いながら、「なんか、ドキドキするね」あたしは、胸前で拳を握る。

 二人で色々考えたけれど、結局シンプルな文章で、とにかく本館へお招きすることにした。自分たちの拠点で、顔を合わせて話したいと向坂くんが言ったからだ。それはあたしも賛成だった。


 あの差出人不明の招待状に、長々と勧誘の文章が書かれていたら、逆に怖くなって、礼奈に見せ、「こわっ、捨てた方がいいよ」と言われ、「だよね」とゴミ箱に放り込んだことだろう。


 図書室での江上くんの態度を思うと――来てくれるかどうかは心許ないところだけれど。

 もっと言えば明日の朝、怒鳴り込みに来ないか心配だけど――奇譚倶楽部しか書かなかったけれど、感づかれる可能性は大いにある。


「とりあえず、今からこれを江上の下駄箱に入れて、明後日の放課後、本館でお越しを待とうじゃないですか」

「――来なかったら?」

「そのときはそのとき。次の手を考える」

 向坂くんは封筒をヒラヒラさせて、笑顔である。


「じゃあ、そろそろ解散しよっか。神田さんたちと駅前で待ち合わせしてるんだろ?」


 ――なぜ知っている!? 心で驚きの声を上げたあたしに、向坂くんは右の口角を上げ、


「テスト終わった瞬間に、神田さんが『よっしゃ歌うぞーっ』ってテンション上げてたじゃん。聞く気がなくても聞こえるって、あの声」

 そう言って、ケラケラ笑い出した。

 礼奈、声通るからなー思いながら、あたしは曖昧に笑って、肩を竦めてみせた。


「じゃあ俺、ちょっと図書室で時間潰してから行くから。じゃあ吉野さん、明後日、部活で」

「うん、じゃあね」

 あたしたちはお互い軽く手を上げると、向坂くんは図書室へ、あたしは階段へと歩き出した。


 まあ、こんな秘密のやりとりも楽しくはあるんだけれど――時々、もっと堂々としたいな、とも思ったりもする。

 でもあたしと向坂くんしかいない同好会(しかも怪しげ)だなんて、無駄な憶測を呼びそうだし、興味本位に荒らされかねない――それは分かる。

 せめてもう一人誰か入ってくれたら――きっと部活昇格に向けて、大きく前進! できるはず!! 


 そうしたらきっと……。


「途中に神社あったよね、確か」


 ここは、神頼みである。

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