第20話「違和感」


「それにしても、よくこれだけ集めたよね。大変だったんじゃない?」


 だってこのポストカード、軽く30枚はあるよ。


「元ファンの一気放出だったから、別に」


 いや手間もそうですが、何より……。


 「ああ」合点した、とばかりに向坂くんは軽い声を上げ、


「残りは頃合い見て売るから、そこまでじゃないよ」


  ――やっぱり結構なお値段だったんじゃん!


 数々のこだわりといい、実は結構お金持ちなんだろうか。バイトしてるふうでもないし……。


 そんなことを思っているあたしの目の前で、向坂くんは無造作に集めたポストカードの向きを揃え始めながら、

「人を招くんだから、やれるだけのことをするのは当然だろ? ただ待っているだけで、いいものが手に入るなんて思ってないから」

「なるほど……」

 無料クーポンとか、おまけとか、全く喜ばなそうだなこの人……。

 思いながらあたしは、かき集めたポストカードを揃えて、向坂くんに渡した。


「ありがと。じゃあお茶にしようか」


 向坂くんは受け取ったポストカードを自分のものと重ねると、手早くビニール袋に入れた。机の隅に滑らせて、立ち上がろうとする。

 あたしはそれを遮るように勢いよく立ち上がり、


「今日は、あたしが淹れます。淹れさせてください!」


 あたしの勢いに呑まれたように、向坂くんはしばしきょとんとあたしを見上げていたが、「えーっと……」小さく声を上げると、


「吉野さんって、紅茶よく飲むの?」


 訊いてきた。あたしは、さりげなく、ついっと視線を外しながら、

「――えーと、ティーパックを、たまあに……」

 「なるほど」そう言うと、向坂くんは椅子を引いて立ち上がった。

「俺さ、美味いのが飲みたいの。俺の方が淹れるのうまいと思うし」


 「……」何にも言えない。

 こういうのに、いちいちしゅんとしてしまう自分がめんどくさい。


 向坂くんは窓際に立ってお茶の支度を始めている。

 背中を向けていてくれて本当に良かった――と思ったら、突然、向坂くんが勢いよく振り返った。


「ごめん、そうじゃなくて! 俺、お茶淹れるの好きなんだよ、だから、えーっと、気持ちは嬉しい。ありがとう。でも、俺が淹れていい?」


 「うん」今度はあたしが勢いに呑まれたように頷いた。

 

 向坂くんは、はあっと息を吐いて緩く首を振り、「ホントごめん。俺、あんまり考えないで言っちゃうんだよね。言い方! ってよく怒られた」


「誰に?」


「――姉ちゃん。じゃあお茶淹れるから、座って待ってて」


 そう言うと、向坂くんは窓に向き直って、お茶の支度を始める。

 あたしは、沸き立つ電気ポットに負けないようにちょっとだけ声を大きくして、


「向坂くん、お姉ちゃんいるんだ? 仲いいんだね」

「まあね。吉野さんは、兄弟いるの?」

「いないよ、一人っ子」

「そうなんだ。じゃあ大事にされていいね」

「そんなこと、ないよ」

 カチッと音がして、お湯が沸いた。

 

「一つ、お願いしていい?」


 振り返った向坂くんが手にしていたのは、小さなトレーに載った紙コップ入りティーとクッキー2枚入りが1袋。

「警備員さんの差し入れ、持ってってもらっていい?」

「差し入れ?」

「そ。部活化に向けて、味方は多い方がいいからね」

 そう言って、向坂くんはうっすらと悪い顔で笑った。

 

 警備員さんに差し入れすると、「おお、いつも悪いなあ」と喜ばれたので、いつものことだったらしい。「やっと部員が増えたんだな、いやあよかった」おじさんはニコニコして紙コップを手に取る。

「今日のはなんか、果物っぽいな」

「はい、ピーチティー(らしい)です」

 つられてあたしもニコニコしてしまう。


 お返しに海苔せんべい2枚をもらって、私は2階に戻った。


「おっ、今日は海苔せんべい。予想通り」


 机にはピンクのワンポイントが入ったティーカップが置かれ、クッキー2枚が添えられている。

「さあどうぞ、戻ってくるタイミングに合わせて淹れたから」

 それは、うかうかしていられない! あたしは急いで座り、「いただきます」軽く手を合わせてティーカップを手に取った。

 

 すっきりとした、甘い香り。

 一口飲むと――ほっとする。


「ああ、やっぱり美味しい」

「そう。よかった」

 向坂くんもニコニコしていた。

 

「あの! あたし、お茶代払うよ。お菓子も用意する。どういうのがいい?」

「いや、いいよ。俺が勝手にやってるだけだし」

「だってもう、あたしはお客さまじゃなくて部員だし。部員が部費を払うのは当然じゃん!」

「……わ、かった。じゃあ金額、考えておく」

「うん!」

 あんまり高いと困るけど――思ったけれど、そんなことを言う勇気がないあたしは、笑って頷いておくことにした。


「俺、なにげにクッキーと煎餅の取り合わせ好き」

 言葉通り、向坂くんは嬉しそうにクッキーと煎餅を交互に食べている。なんとなく違和感を覚えていたら、それを見透かしたかのように、

「俺、そんなガチガチにこだわってないよ。人からモノもらうのはありがたい。る好きなモノだったら嬉しいし、知らないモノだったらワクワクするし、嫌いなモノだったら――久々だなあと懐かしくなる」


 やっぱ面白い人だなあ、この人。



「明日から部活動休止期間だから、次は二週間後ね。それまでに招待状の文面を考えないとな」

 文面もカスタマイズしているんだ! 驚くあたしの目の前で、向坂くんは自転車にまたがり、

「じゃあここで。気をつけて帰ってね」

 そう言い残し、びっくりするくらいの猛スピードで橋を渡っていく。もしかして急いでる? と思ってしまうくらい。


「気をつけてね!」


 夕空にどんどん埋もれていく背中に声を張り上げながら、あたしは、自分が笑顔になってることに気づいて――胸はざわついた。


 ――おかしい、こんなの。


 こんなに笑う毎日があるなんて――こんなの、絶対におかしい。


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