第19話「鷲掴み」

 あたしは、そおっと机に近づいて、向坂くんから離れたところにある数枚の美少女を手に取った。


 髪の色が緑だったり青だったりしたし、服は随分とカラフルな布がツギハギされた、機能性よりデザイン重視のものばかりで、見るからにファンタジー世界出身者のようだったけど、みんな正統派美少女たちだった。

 机に散らばっている他の女の子たちも見てみたけれど、無駄に胸がでかかったり、異様に露出が多かったりすることがない、タイプは違えども、品のいい美少女たちばかり――よかった、目のやり場に困る女の子たちじゃなくって。

 あたしは大いに安堵した。


 それにしてもこれだけの量――どうやって集めたんだろ。駅ビルに行っても、こんなに買えないと思うんだけど。


 そっか! ピンと来た。


 夜な夜なネットサーフィンしてかき集めたんだ、きっと。だから毎日寝不足なんだよね。

 でもって、なんのためかと言えば――。



「うあ、悩み過ぎて寝たわ」

 いきなりガバっと向坂くんが顔を上げた。


 しばしぼんやりしていたけれど、大事な使命を思い出したとばかりに慌てて手元の数枚を手に取って、「どれがいいかな……」呟きながら、入れ替え差し替えして、美少女たちを吟味している。表情はいたって真剣――だけど完全寝ぼけ眼で、眼鏡もやや斜めっていた。

 あたしは思わず笑ってしまって、そこではっとしたように向坂くんがこちらに目を向けてきた。


「あれ、吉野さん。いつの間に」

「さっきの間に」


 右手で眼鏡を押し上げるフリをして見せながら、あたしは向坂くんの向かいに座る。そこで向坂くんは慌てて眼鏡を直した。ちょっと気恥ずかし気に。


「――江上さ、高校入ってから絵を始めたんだって」

 いきなりの大きな声にビックリしたけど、内容にはもっとビックリした。だから自然と、声が上ずる。「そうなの?」


 向坂くんは頷き、

「中学のヤツに聞いた。もともとラノベとかアニメとか好きだったらしいんだけど、好きな作家の新作に挿絵を描いた絵師に心鷲掴みにされたんだってさ。他の挿絵本買ったり、画集買ったりしてるうち、自分も描いてみたくなったんだって」

「それまで描いたこともないのに?」

 あの、他には何も目に入ってませんと言わんばかりにスケッチブックに向かう姿を思い出し、信じられない気持ちがする。

「まあ、それが『心臓鷲掴み』ってことなんじゃね?――で、どれがいいと思う?」

「何が?」

「招待状」

 

 やっぱり。


 あたしは身を乗り出して、机の上で重なり合っているポストカードをバラしていく。

「これって、その絵師さんのイラスト、なんだよね? それにしても――これだけよく集めたね」

 確かに同じ絵師さんのものだけあって全体的雰囲気は一緒だけど、タッチといい、色の載せ方といい、新旧作品が網羅されているようだ。

「ああ、オークションで」

 それはまた……。PC前でカチカチやってる向坂くんの姿を思い浮かべながら、あたしはポストカードを広げ続けて――ふと、手を止めた。


「これがいい」


 それは少女の横顔のアップ――しかもラフ画で、濃淡様々な黒線が幾重にも重なって、おぼろな映像を浮かび上がらせている一枚だ。その他の緻密かつカラフルなイラストの中にあっては、明らかに異質な作品だった。


「なんで?」


 怪訝な顔で向坂くんが訊いてきた。当然といえば当然か――でもあたしには、全く迷いがなかった。


「あたしが見た江上くんの絵、こういう感じだった」


 力強い鉛筆線が描き出していたのは、憂いを帯びた少女の横顔――その、あまりのギャップに(しかも作者が江上くんだっていうこともあり)、彼の机の脇を抜けるほんの一瞬、チラッと目にしただけなのに、それも去年のことなのに、忘れられないでいたのだから。


 向坂くんは「そっか」と言いながら何度か頷き、あたしの手の下から、件のポストカードをそおっと抜き取った。


「じゃあ、これに決定しよう」

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