第17話「いわく、あり?」
まさに絶妙なタイミング!
あたしと向坂くんは、本棚の隙間から息を詰めて閲覧席に目を凝らす。
すると確かに、閲覧机の真ん中の列を突っ切ってこっちに向かってくるのは、江上くんだった。
小脇にスケッチブックを抱えた彼は、あたしたちのいる棚に一番近い六人掛け閲覧机に、背中を向ける形で座った。
ザラッと細かなものが机に投げ出される音。多分筆記用具だ。
それからバラバラっとページをめくる音がして、間髪入れずにシャッシャッという鉛筆の音。
やっぱりそうだ。音が柔らかくなってる……。
前は「鉛筆折れるんじゃ……」と心配になるくらいだったのに。熟練したってことかな――思いつつ見守っていたら、急に音が止んだ。
「どうした?」とばかり、揃って棚から首を出してみると、江上くんはさっきまで丸めていた背中をビッと伸ばして、両手を前に突き出している。
その手には横向きのスマホ。なんだかカラフルな画面。何かのイラスト?
見えない……と首を前後にしていたら、再び鉛筆音。やっぱり見本かな……と思っていたら、突然、隣の向坂くんが離れた。
え!?
顔を向けると、振り返った彼は「し」と人差し指を口元に立て、手近から本を一冊抜くと、そろそろと歩いて、江上くんに近づいていく。
そうして本棚の端ギリギリまで近づくと、イチオウ手元で本を広げながらも、背中を丸めて鉛筆を動かしている江上くんの手元を、じぃっと覗き込んだ。
首を伸ばしたまま動かない姿に、見えてるの? あたしも行こうかな、と思い始めたときだった。
バタン!
いささか乱暴にスケッチブックが閉じられた。
「――何? 照明の当たりが変わるんだけど」
いきなり振り返った江上くんは、思いっきり怒ってた。不心得者の顔を上目遣いで睨み上げ、「あれ? おまえ――向坂?」
向坂くんはパタンと本を閉じると、
「俺のこと覚えててくれたんだ。それは光栄」
そう言いながら、きっとカワイク笑っているに違いない。
「そりゃあ……。だっておまえ、中学で有名――」
え? 引っかかりを感じたその時だった。
「つか誰! 奥にいるもう一人は」
大きくはないが鋭い声が真っすぐに向かってきた。しまった! 身を乗り出し過ぎてた。
いつの間にか、壁になっていたはずの向坂くんの脇から、傾いた江上くんの上半身が覗いている。
バッチリ目が合う。江上くんが、眉を寄せることしばし。「もしかして――吉野、さん?」
「……」あたしははおとなしく、向坂くんの隣に立つしかなかった。
江上くんは気まずく立ち尽くすあたしと、向坂くんを交互に、露骨に見比べて一言。
「何、おまえら付き合ってんの?」
「ちがっ――!」思いっきり動揺したのは、あたしだけだった。
「江上が絵を描くなんて知らなかったな。どんなの描いてんの? 見せてよ」
「――は? なに、藪から棒に。そういう仲じゃないだろ俺たち」
「なるほど。じゃ、どういう仲になったら見せてもらえるわけ?」
二人とも満面の笑顔である――だから怖い。
江上くんはもう一度、向坂くんとあたしをジロジロ眺めてから、くるっと正面に向き直り、
「描くのに集中したくてここまで来たんだ。邪魔しないでくれる?」
背中は思いっきり、「拒絶」を表していた。
「分かった。ごめん邪魔して。行こう、吉野さん」
そう言って、江上くんの脇を抜けた向坂くんの後を、あたしは慌てて追った。そのまま図書室を出るのかと思ったら――「しまった」入り口手前で向坂くんが足を止めた。
「本、持ってきちゃったよ」
そう言って本の在処に目を向け――つられるようにそちらを見ると、江上くんは何事もなかったようにスケッチブックに向かっている。
「今戻ったら、ぜってえ許してもらえなそう」
向坂くんは薄く笑うと、
「しゃーない借りてくか。学生証で借りられるんだよね、確か」
ため息混じりにそう言って、ジャケットのポケットから生徒手帳を取り出した。
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