第16話「キャラ変」

「江上健太?」


 昼休み、あたしと向坂くんは図書室で落ち合った。

 「梅雨」という言葉が頻繁に行きかうのも納得、というくらい、昨日からぐずついたお天気である。今朝見た一週間予報は、雨と曇りマークで埋め尽くされてた。

 それでも朝は晴れていたから、帰るまでは持つんじゃないかなーと淡い期待を抱いて自転車で来たけれど、残念ながら4限の終わりがけから雨である。

 どうやって帰ろうかな。週末も雨みたいだから自転車を置いて帰るのもな……などと入り口から最も遠い最奥の本棚の前、ガラス窓を絶え間なく流れ落ちる雨だれをぽやっと眺めていたら、「ゴメン、遅くなった」ポンっと肩を叩かれた。



「――!!」


 叫び声はどうにかこらえたけど、身体は思いっきり跳ね上がった。


「いやむしろ、俺が驚いたんですけど」


 その言葉通り、向坂くんはもの凄く驚いた顔をしていて、恥ずかしさのあまり上気する頬を自覚したあたしは、ごまかすように、ある一人の名前を上げたのだ。


「江上健太?」

「うん。去年同じクラスだった」


 あたしの言葉に、向坂くんは腕を組み、しばしの思案顔。

 そして。

 

「それってもしかして三組の?」


「え、知ってるの?」

 今度はあたしが驚く番だった。


 向坂くんは頷き、

「小・中学一緒だった。小学校のとき、一回くらい同じクラスになった、はず。たいして喋ったことはないけど。でも――あいつって、休み時間は真っ先に教室飛び出して、ボール蹴ったり投げたりしてるヤツだった気がするんだけど。絵を描いてるイメージない」

「確かに体育とかスポーツ大会とかは大活躍だった。小柄だからかすばしっこいしね」

「そ。雨の日はカードゲームや階段ダッシュして騒いでたし。――まあ、ケータイはあんまり触らないタイプかもしれない。あれは手先動かすより体動かすのが好きだろ」


 ――なんていうか、みんな勝手なイメージあるんだね……思いながら、


「確かに、休み時間はサッカーしてたりカードゲームしてたことはあったんだけど、スケッチブック広げてガシガシ描いてることもあったよ。紙が破れるじゃって思うくらいの筆圧で描いてたから、結構目についたんだよね。授業中も描いてて、何度か先生に注意されてた。もっと気をつけて描きなよーって友達に言われてたけど、多分ハマっちゃててそんな気が回らなかったんじゃないかな。一年終わるころには、休憩時間はほとんど絵を描いてたと思う」 


「へえ――それは意外」


 向坂くんは、考え事をするみたいに腕を組んで斜め上を見ている。「そういや」思い出した、とばかりにふと呟き、


「なんか問題があるって言ってたよね。それってどんな?」

「うーん、スマホをすっごい見てたんだよね」

「そうなの? それも意外」

「そ。いつも机にスマホ置いてて、絵をガーっと描いてたかと思うと、急にスマホ手に取って、ジーっと睨んでる、かと思うと、またガーっと描き出すという……」

「ふうん……なんか見本にしてたのかもね。――なあ、あいつって、どんな絵を描くの?」

「あたしもあんまり話したことなくて、すれ違いざまにちらっと覗いただけなんだけど……」

 言いかけて口を噤む。足音が近づいてきたからだ。

 向坂くんもそれに気づいてそちらに目を向け、「あ」小さく声を上げた。


「江上だ」


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