第15話「秘密のはなし」

 あたしたちは自転車置き場でバッタリ会ったクラスメートとして、一緒に教室に向かった。

 階段を並んで歩きながら、教室までの距離を考えつつ、あたしは幾分早口に、候補者について語る。

 向坂くんは、「おお、いいね」と声を上げたり何度も頷いたりして、非常に興味津々な様子。しかし――だからこそ大きくなってしまった一抹の不安で、知らず声のテンションが低くなる。


「ただちょっと問題があって……」

「問題?」


「あっ、のぞみん、おはよー!」

 あたしが最後の一段を登り切ったちょうどそのとき、目の前を横切ったのは、礼奈だった。

「どしたー? 今日は早いじゃん。どうしよ、傘持ってきてないや私」

 テンション高くけらけら笑いだした礼奈が、あたしの隣に気づいたとたん、急に妙な顔になった。


「あれ? なに、二人一緒?」


「うん。自転車置き場でバッタリ会ったから。おはよう神田さん」

「おはよう。そうだったんだー、あ、そうだのぞみん、昨日言ってた雑誌持ってきたよ! 見る? 今から見る?」

 当然見るよね! という大きな目に攻められ、あたしは勢いに押されるまま「うん」と頷いた。

「よーし、じゃあ急ごう! すぐHRだし! じゃ向坂くん、のぞみんはもらうねっ」という礼奈に腕を取られ、そのまま教室まで引っ張りこまれた。


「ちょっとのぞみん、大丈夫? あのムッツリにヘンなこと言われなかった?」

 カンペキ変質者扱いされてるよ向坂くん……。思わず苦笑い。

 だけど、どうしたらいいかも分からなくて、「えー何話したかなあ…ってくらい普通の会話だよ」と曖昧に笑ってごまかした。


「吉野さん、やっと来たね。探し物見つかった?」

「うん、鞄の奥に入り込んでて……」

「教室で探せばよかったのに」

「だよねー」


 席に着いたら、自転車置き場ですれ違った何人かに声をかけられ、どうにも居心地が悪い。

 何を探してたことにしようかと悩んでたけど、それを訊いてくる人はいなかった。


 ガタンと椅子を引く音。


 向坂くんが席についた。でもあたしは、背を向けたまま礼奈の広げる雑誌を見入っている――ふりをしていた。

「ほら、このパンケーキ! いかにもフワフワで美味しそうじゃない? クリームも好きたっぶりだし。のぞみんパンケーキ行きたがってたから、教えてあげなきゃって思って。今度ここ行ってみようよ」

「ホント美味しそうだね。楽しみー」

 確かに、春休みにテレビでやっていたハワイ特集を見て以来、ずーっとパンケーキに憧れてる。


 だけど――今は背中の方がずっと気になる。

 あの続き、どうやって伝えたらいいんだろう。


「ん?」

 足首に軽く、何かが当たった。

 見たら、足元に消しゴムが転がっている。「ああ、ごめん」声は背中からだった。

 あたしは消しゴムを拾い上げた左手を伸ばす形で、上半身だけで後ろを振り返った。そのタイミングで、向坂くんが広げていたノートをほんの少しだけ、さりげなくこちらに動かす。


「どうぞ」

 あたしはノートの空白に消しゴムを載せる。その下には、「昼休み、図書室で」の走り書き。


「ありがと」


 声に僅かに目を上げると、向坂くんがカワイク笑っていた。


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