第14話「待ち伏せ」

「吉野さんおはよう。今日は早いんだね」

「おはよう」

「探し物?」

「うん、そうなの」

「そっか、じゃあ教室でね」


 もう何度目か分からないやりとり――クラスメートが遠ざかったのを見て、自転車の前かごにつっこんだ鞄の中から手を抜いた。


 いつも遅刻ギリギリに来るので、向坂くんが何時に登校するのかが分からなかったのだ。

 だからいつもより早く来て、こうして自転車置き場で待ち伏せしている。


                   ◆


「じゃあ活動は水曜日だから! これからよろしく!!」


 あれだけハイテンションで戻ってきたにもかかわらず、あたしの入部意志を確認すると、向坂くんは元気にそう言い残して、来た道を帰っていった。


 え、それだけ!?

 部員探しするんじゃないの? 週一でいいの?


 呆気に取られて立ち尽くすあたしに、「またね!」橋の半ばで向坂くんは振り返ってきて、大きく手を振ってきた。そうして再び前を向き、全力疾走していく。

 

 なんか用事があるのかな。そっか、じゃあきっと明日にでも詳しい話が……。


                   ◆


 思っていたのに、一昨日の出来事がウソみたいに、昨日の向坂くんは薄い仲の隣の席の人に戻っていた。詳しい話どころか、ちらっとでもこっちを見ることさえない。

 そして放課後である。 


 あれ? 昨日のことは夢だった?

 てかあたし、一人で盛り上がり過ぎなの?(昼休み、こっそり図書館まで行っちゃって)

 いやでも――やっぱり本は読もう。 

 などと思いながら鞄にノートを詰め込んでいると、ガタンと机が揺れた。


「ああごめん」

 向坂くんだった。振り返り気味に立ち上がったとき、手にした鞄があたしの机にあたったらしい。

「じゃあね、吉野さん」

 目が合ったから――という態で挨拶されたとき、軽くウィンクをされた。

 やっぱ夢じゃなかった――よかった……と思ったのだけれど。


 せっかくのアイディアを伝えられないじゃない!


 こういうときに向坂くんがケータイ持っててくれたら――いや、だからこそ奇譚倶楽部の部長なんでしょと延々と思いながら、朝の自転車置き場である。

 その間も続々とやってくるクラスメートを探し物をしているからと先に行かせ――さすがにもう苦しいかも……。思い始めたときだった。


 キイっと軽いブレーキの音。

 振り向いたら、待ち人が軽やかに自転車を降りたところだった。


「おはよう――ってあれ? 吉野さんじゃん。どしたの、今日は随分早いね」


 HR10分前に現れた向坂くんにそう言われ、自分の日常が急に恥ずかしくなっ

 せめてHR5分前には教室にいるようにしよう……もう何度目か分からない決意をひそかに固めつつ、前かごから鞄をひっつかんだ。

 そうして自転車にロックをかけようとしている向坂くんに駆け寄り、


「イラスト担当!」


 「え?」振り返った彼が、意味が分からないとばかりキョトンとした顔をしている。

「だからイラスト担当! 候補者がいるんだけど」


「え? あ、そっか……」


 ようやく思い出した、と言わんばかりの鈍い反応に、ザアッと頭から氷水をぶっかけられた気持ちになる。

 そんなあたしにお構いなしに、「ちょっと待って」と向坂くんは再び背を向け、自転車にロックをかけ始めた。


 いろんな意味で取り残された気分になり――どうしていいか分からなくなる。


 自転車にロックをかけるのにそんなに時間はかからないはずなのに、もの凄く長い時間に感じて、あたし、もう行った方がいいのかな……そう思ったとき、ようやく向坂くんが鞄を手にしてこっちを向き直った。


「もしかして、それを言うためにわざわざ待っててくれたわけ?」


「……」

 恥ずかしい。何か言わなきゃと思うけど、それが先に立って何の言葉も浮かばない。

 「そっか」そう言った向坂くんは、いきなり口元を綻ばせた。


「吉野さんが、そんなに真剣に倶楽部のことを考えてくれるなんて――やっぱり思い切って声かけてよかったよ。すっげえ嬉しい」


 屈託のない笑顔って、こういうのを言うんじゃないだろうか。


 だからあたしも――つられて笑ってた。

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