第三章「イラ担!」
第13話「天啓」
「あった!」
思わず声が上がっちゃっただけでなく、結構大きな声になってしまって、あたしは慌てて口をふさいだ。そうして、恐る恐る背後を振り返る。
だけど、 本棚の間の通路から見える閲覧席に座る誰もが、こちらを気にしているふうはない。ちょっとでも騒ぎ立てたらソッコーで生徒を追い出す図書担当の担任もやってこない。
よかった……。まあ、ここ一番奥の棚だし、雨も降ってるもんね。
ほっと息を吐きながら、あたしは再び本棚に向かい合う。
ずらっと並ぶ紺色のハードカバー。整然と並び過ぎていて、人を寄せ付けないものものしさがある。あたしはその中から一冊を引っ張り出した。
『
昨日、奇譚倶楽部に入部したあたしは、家に帰ってソッコーでパソコンを立ち上げた。「へえ」って顔で流したけれど、向坂くんがさらっと口にしたタイトルを知らないのはマズいんじゃないかと思ったからだ。
だって名誉ある一人目の部員として、見込み違いだなんて思われたくない。
それで『日本霊異記』と『聊斎志異』のタイトルを知った。
ネットでもある程度は読めそうだったけど、でも!
本でちゃんと読んでないとマズくない? 奇譚倶楽部の一員として!
ということであたしは、昼休みに急いでご飯を食べて、「ちょっと……」と言って教室を抜けた。向坂くんは離れた席で、カードゲームに盛り上がっている。
スマホゲームは無粋だけど、カードはいいのか?
思わなくもなかったが、まあ彼の中ではちゃんとした線引きがあるんだろう。
それに、世の中の全てくだらないって顔して自席でめんどくさそうな本を読むような人だと、近寄りがたいしね。
などと思いながら、あたしは図書館にやってきて、カウンター脇に置かれた古いパソコンで検索をして(初めて使った)、ようやくお目当ての本にたどり着いた。
普段、文庫本くらいしか読まないあたしには、ずしっと重い一冊だった。
中を開く。うわ、字こまかっ。しかも二段だし。ページ数も多いなあ。言葉も難しい。しかも三巻もある!
でも一話は短いし、なんとか読めるんじゃ……ないかな。
「よし!」
励ますみたいに小さく声を上げて、本を閉じる。
帰りに借りにこよう。手ぶらの今、こんな大きな本を持って教室戻れないし。いまから読みます、なんて知られたくないし。
向坂くんがあげた三タイトルが並んでいる場所を確認し、うわあ、結構な冊数……思いながらあたしは、回れ右をする。
トイレだろうと思ってるだろうから、あんまり遅いと礼奈たちに追究されそう……あたしは小走り気味に本棚の間の狭い通路を抜ける。
本棚を抜けたところで、音が聞こえた。
シャッシャッという、ともすれば雨音に紛れてしまうくらいにささやかだけど、滑らかな音。
横を見ると、ひとりの男子学生が、廊下側の奥の閲覧席に一人座って、時に細やかに、時に大胆に、鉛筆を動かしていた。
怖いくらいに真剣な顔で俯いているその横顔――あれ? どこかで見たことあるような……。
でも、この学校であたしが知ってる人っていったら……しばし考える。
ふと視線を感じた。
前を見ると、中央の閲覧席で一冊の雑誌を広げてくっついていた男女二人組が、不思議そうな顔をしてあたしを見ている。
その目に、立ち止まったまま男子の横顔を凝視するという自分の怪しすぎる行動に気づき、あたしはあわててその場を立ち去った。
急いで図書室を出て廊下を歩きながら、あたしは最後のチャンスとばかりに図書室の中を見た。
窓際に座る彼の横顔を見て――数少ない知りあいデータベースから、一人の男子がヒットした。そうだ、彼だ!
その名を思い出すと同時に、あたしは、思わず息を呑んでしまうような、まさにナイスなアイデアを思いついてしまった。
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