第12話「理屈不要」

 思ったとたん、かあっと身体が熱くなった。


 いや待て、違うから!

 たまたま隣の席にいたから、ケータイ触ってないのが目についただけであって……、だからつまり、なんだって!


「どした? もしかしてどっか打った?」


 ち、近い! 


 お互い自転車を外側にひいていたので、思った以上に距離が近かった。さっき自転車を起こしたときに、いっそう距離が縮まっていたみたいだ。

 あたしは引きつった笑みを浮かべながら僅かに身を引き、


「あ、ダイジョウブ! うん」

「ならよかった」


 特に不審に思われなかったらしい。向坂くんはまた前を向いて歩きだした。


 渡橋はもう目の前だった。


 


 やがてたどり着いた橋のたもとで、向坂くんは自転車を停めた。


「じゃあここで。分かんないことあったらいつでも訊いて。いい返事を期待してる」


 「分かった」あたしが頷くのを見届けて、向坂くんは自転車にまたがった。肩越し振り返り、にっこり笑って「じゃあまた明日、また学校で」


 そう言うとあたしに背を向け、ゆるゆると、橋を渡って行く。


 なんとなく、遠ざかっていく後姿を眺めていたら、向坂くんは橋の半ばまで行ったところで、こちらを振り返ることなく、大きく手を振ってきた。


 あたしがまだいると思ってるわけ!?


 ――ってまあ、いるんだけど。


 思ったところで、なんでか突然、笑いが込み上げてくる。


 何なのこの、盛りだくさんな一日は。

 奇譚倶楽部って。

 部活動って。


 万年帰宅部のあたしが部活動? 

 しかも最初の一人目があたし?

 

 でも、まともに話したのは今日が初めてなんですけど。

 そんな信用していいわけ? 将来ヘンな壺とか買わされちゃうんじゃないの大丈夫? 

 イヤ待て、そんな相手を心配しているあたしの方こそむしろ大丈夫か、なのかもしれない。


「じゃあね!」


 大きな声。

 橋を渡りきったところで、向坂くんは自転車を止めて振り返り、大きく手を振っていた。橋を渡ったら住宅街に入るから、最後の挨拶というところなんだろうけど――。


 だから何で、あたしがいるって思ってるんだって!


 ゆるっと手を上げながら僅かに顎を上げたあたしの目に、思いっきり夕日が入り込んできて、あんまりな眩しさに慌てて目を瞑る。

 そうしたらなんか思った――ああもう、なんでもいいや。


 だって――面白そうじゃん!


「おーい!」


 今までないってくらい大きな声を出した。

 自転車を漕ぎだしていた向坂くんが、ちょっとよろめきながら自転車を停めて、こっちを振り返る。「なに?」と言わんばかりに首を傾げた。

 あたしは大きく息を吸い、


「あたし、奇譚倶楽部入るよ!」

「まじで!」


 向坂くんは、自転車を両手で持ち上げて向きを変え、こっちに向かってきた。猛ダッシュで。

 あたしは、大きく手を振りながら、彼がやって来るのを待っていた。

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