第9話「面白い」
「ま、そういうことだから考えておいて。じゃあ今日はもう帰ろうか」
「あ、うん。ご馳走さまでした」
えーっと、どうするんだろうこの食器。
とりあえず鏡の下の洗面台で洗えばいいのかな?
スポンジとか洗剤ないから水洗いでいいんだろうか。
思いながら、自分の分と、向坂くんのソーサーとカップそれぞれを重ねて、落とさないように慎重に運ぶ。
「ウチでちゃんと洗うから、水洗いしといて。悪いね、お客さまに」
「いえ、ご馳走になった身ですから……」
ウチで洗うってどういうこと!?
でも訊くまでもなかった。
向坂くんは、棚に同化していた黒い大きな買い物バッグを棚の上に広げ、カゴに入ったお茶一式、電気ポット等を、箱やらプチプチやらに包んでテキパキと詰め込んでいく。
確かにここ部室じゃないから、もの置けないのは分かるけど……。
だからって、わざわざ持ち込み!?
「ごめん、これで軽く拭いといて」
渡されたのは、キッチンペーパー。
「使ったペーパーはここへ」ビニール袋まで出してくる。なんて用意周到な。
というか、ここまでするか?
「ここまでするか? って思っただろ今」
ギクリとする。
何、まさか読心術! 向き合ったままで硬直していると、向坂くんはビニール袋をゆるゆると縛りながら、例の悪徳商人顔を見せ、
「吉野さんってさ、顔に感情でやすいよね。裏表ないといえるけど、配慮もないってことだから、それ」
酷い言われよう!
でも――言い返せなかった。本当のこと過ぎて。
ふいっと向坂くんが離れる。
棚に置いたバッグの中身を確認しているらしい。やけに真面目な横顔を見せながら、彼は言った。
「どーせ部活やるなら、楽しくやりたいじゃん。そのためには、気に入ったもので周りを固めたいと思ったワケ。たとえば人生で飲み食いできる回数は限られてるんだから、まっずい粉末茶飲むより好きな紅茶を飲みたい。紙コップより、見た目だけでも好みの食器を使いたいって思うのは当然だろ? そのために多少重いものもつのは大したことじゃない。俺チャリ通だから、荷物が増えたからって、どおってことないし」
「……」
当然と言われても、あたしには当然じゃないトコもある。
(飲食の回数なんて気が遠くなるくらいあるんだから、学生時代は不味いもの食べるのありじゃね? とか、ここは洒落たデザインの紙コップでどうだろう? とか。)
でも――そういう考えもありか。面白いじゃん!
「よし完了。じゃ帰ろっか。吉野さんもチャリでしょ。途中まで一緒に行こう」
「あ、うん」
「よーし忘れ物は、ないな。じゃあ鍵かけるよ」
向坂くんは室内をぐるっと回ってから南側の窓の鍵をかけ始める。
それに倣い、あたしは北側の窓の鍵をかけた。
全ての窓の施錠を終え、あたしたちはそろって部屋を出た。
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