第8話「小悪魔」
何で!?
そんなこと向坂くんには言ってないよ!
驚きの目を向けるあたしに、向坂くんはふふんと笑い、
「見てれば分かるよ。教室でも吉野さんがケータイ触ってることほとんどないし。持ってるケータイだって軽さが売りの最新型スマホだったじゃん。肩が凝るなんて、オバさんじゃないんだから」
言うなりけらけらと声をあげる向坂くんに、あたしは何か言い返そうとして――でも顔が火照ってしまって、それどころじゃなかった。
もうちょい仲のいいコ向け「視神経に未発達な部分があって、長いことケータイのディスプレイ見てると頭痛と吐き気がしちゃうの」っていうもっともらしい言い訳もあるんだけど、大笑いされそうだからやめる。
いや、この人、絶対にする。
もうどうしたらいいか分からなくて、ほとんど空になっているカップを慌てて取り上げ、口にする。でもやっぱり、唇を濡らすくらいしか残っていなかった。
この挙動不審ぶり、さぞ面白そうに見てるんだろうな……と恐る恐る目を向けると、向坂くんの顔から急に表情が消えた。
机についた左手にあごをのせ、目を細めて右の口角だけあげる、あの悪徳商人みたいな顔になった。
「俺さ、ケータイって嫌い。TPO構わず鳴りまくって、それでいて緊急連絡なんてなくて、独り言とかやけに鮮やかな写真だとか。直接言えよって思う。顔つき合わせてるのにケータイばっか見てるヤツとか、おまえ、どこの住人だよって」
口調まで変わってるし!
――でも確かに、言うことはもっともではある。
だけどそれを人前で口にする勇気は、あたしにはないけれど。
そう思っていたら、向坂くんはいきなり身を乗り出してきて、
「それに! ケータイって無粋だって!」
出た! 礼奈の言うとおり! 思いながら、訊き返す。「無粋?」
「だって乗り換えのスキをついた鉄道ミステリの名作も、連絡がうまく取れなくて、誤解したり、切なさを募らせたりですれ違う恋愛小説のバイブルも、ケータイあれば超短編でアッサリ終わっちゃうんですけど。これを無粋と言わずしてなんだって言うんだよ」
「なるほど」
勢いに押された感じで何度も頷いてみせた。
「だからさ、仲間にするならケータイに振り回されてないヤツがいいって思って、ずっと探してた。だって、不思議な世界って繊細な世界なんだぜ? ケータイばっか見てたら見逃しちゃうじゃん」
「それは……一理ある、かも」
「だろ?」
「でも――不思議な話を集めて、どうすんの。本なんて、別に出したいわけじゃないんでしょ」
「……。どうこうする必要、ある?」
「は?」
またしても怪訝な声をあげてしまうあたしに、向坂くんはにやりと笑い、
「いいんじゃね? 何もしなくても楽しめたら。だって俺ら、学生じゃん。学生生活を楽しまなくてどーすんの。全国大会目指して汗と涙を流すだけが学生じゃないっしょ」
なに、そのユルさ!
「そんなユルい部、学校が承認する?」
「しないだろうね。だから建前は、古典を中心に、古今東西の奇譚を研究し、人の世の深淵と神秘に迫り、命の尊さを考える――ってカタチでどうだろう。部活動になってさえしまえば、こっちのものだし」
「――悪党」
「人聞き悪いなあ、研究はちゃんとするって。『今昔物語集』とか『日本れいいき』とか『りょうさいしい』あたりを読んで、『古典紹介』とでも銘打ってイラスト付き冊子にして学祭で売ればいいんでしょ。立派な活動実績」
『日本礼域』? 『良妻……(何だって?)』?
でも、とても訊ける感じじゃない(でもって知らないとも言いたくない)、あとでこっそり検索しよう……思いながら、
「イラスト描けるの?」
「俺は無理。ダイジョブ、校内のどこかには居るよ」
「ケータイを使わない?」
「うん!」
何カワイク笑ってるんだよ! 突っ込みたくなった。
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