第二章「最初のひとり」

第6話「大変な名誉」

 角部屋で廊下分も部屋になっているためか、中は少し広い印象だ。

 室内の中央には、ここが学校だと思い出させてくれる無機質な長机が平行に二台と、向かい合わせになるようにパイプ椅子が三脚ずつ、並べられている。


「こちらへどうぞ」


 向坂くんはあたしをドアのすぐ目の前、真ん中の席へと案内すると、机を回って正面の窓際に立った。建物の端にあたるからか、外から見た細長い窓ではなく、両開きの窓が二つ並んでいて、おかげで部屋は爽やかに明るい。

 窓の下には、腰丈ほどの木製の棚。田舎のおばあちゃんの家にありそうな古い棚だが、味があるといえばある。

 そして窓の右脇、部屋の角には、鏡と、水しか出ない洗面台。だいぶ懐かしい感じだけど、あれ、水出るんだろうか……そんな疑問は、すぐさま解消された。


 向坂くんは、棚の前でなにやら作業をしていた。何度か屈み、棚に整然と並んだカゴを引っ張りだしたり、しまったりしている。

 背中を向けているのでよく分からないのだが、どうやらお茶を入れてくれるらしい。棚の上に置かれた、このレトロ空間には不釣り合いな真っ白な電気ポットが、グラグラと賑やかな音を音を立てていた。

 

 両脇の壁にそれぞれ二つある細長い窓は全て全開で、束ねられたレースのカーテンの裾がゆらゆらと揺れている。背後のドアからも風が入ってきて、室内は心地よい涼しさだったけれど、なんだってドアまで全開?


 窓だけ開ければ充分なんじゃ……と思いかけて突然、今、この部屋、どころかこのフロアに、二人っきりだと気づく。


 どっ、どうしよう!

 衝撃の事実に動揺して立ち上がりかけたそのとき、


「どうぞ」


 目の前にティーカップがスッと差し出された。

 ローズの香りがする、これってもしかしてハーブティー? 

 しかもティーカップはソーサーつきで、白地にワンポイントの青い花が上品にあしらわれている。


 何これ? 

 何なのこれ!? 


 浮きかけた腰を落とし、カップを凝視したまま固まってしまっているあたしに、

「お茶はもらいもので、ティーカップは一〇〇均だから、まあそう、かしこまらずに」

 右手にソーサー、左手にカップを手にしたままにっこりと笑ってそう言うと、向坂くんはあたしの座った。


「冷めないうちにどうぞ」

 とティーカップを口にするサマが、いかにも自然だ。


「い、いただきます」


 ローズの香りがする紅茶は普通においしい。

 いや、正直に言います初めての味です。

 お茶が喉をすうっと通っていくと、上品な香りがふわっと立ち上がり、はあっと息をつきたくなる。


 ああ、なんて優雅な時間――って、違う!

 洒落たお茶をじっくり味わえるようなそんな余裕、今は無いからっ!


 あたしはカップを置くと、正面の向坂くんをキッと見据えた。

 あたしの視線に気づいた向坂くんは、面白いことが始まったとばかりにワクワクした表情をみせて、やはりカップを脇に置く。


「――で?」

「で?」

「ここ、何?」


 机についた両肘で、押し出すように身を乗り出してきた向坂くんは、

「だから、『奇譚倶楽部』だって、ちゃんと書いたろ?」

 ニヤニヤしながらそんなことを言うその口調が、小馬鹿にされたとした思えない昼休みの出来事を、鮮やかに蘇らせた。

 あたしは、ムッとしたのを隠すことなく冷ややかに「そんなクラブ、聞いたことないんだけど」


「そりゃそうさ。だって四月に作ったばっかで、クラブにするべく活動する『同好会』っていうのが実情だし。学校にクラブと認めてもらうためには最低五人必要なんだよね」

「……まさかそこに、あたしも入ってるの?」


「ご明察! しかも俺が最初に声をかけた名誉あるメンバーだから!」

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