第5話「そもそも」
北へと進んでいくうち、しだいに人影が減り、あれだけ賑やかだった野球部やテニス部の掛け声やら打球音やらが遠ざかっていく。
校舎もグラウンドも抜けると、放置気味の花壇の合間に、古びた建物(物置?)やら、屋根や柱の錆びた自転車置き場? やらがポツポツと建っていて、やけに廃れた雰囲気を醸し出している。
あれ? こっちじゃなかったっけ?
不安に思い始めたとき、緩やかにカーブする道の先に、いかにも手がかけられています! という庭が見えてきた。
ほっとして足を速めると、新緑眩しい庭ではツツジがまさに見ごろ、あちこちで咲き乱れる白やピンクや赤の花にウットリしながら、いつの間にやらアスファルトに取って代わっていた石畳の道を歩いていくと、重なった木々の向こうに、白い木造二階建て建築が見えてきた。
一階には太い柱が重厚な玄関ポーチ、二階は細長い白枠の窓が等間隔に並んでいて、レースのカーテンがかわいい。
「記念館」とプリントされた紙の貼りつけられた扉を開けると、カラン、頭上から澄んだ鈴の音。
目の前には、土足をためらってしまうくらい艶やかに磨き上げられた木の廊下、そして二階へと続く階段。
階段には真っ赤な絨毯が敷かれていて、十段ほど上がった先の踊り場にある大きな窓から、やさしい日差しが入ってくる。
何このレトロで優雅な雰囲気!
素敵な華族男子が階段を下りてきて、あの踊り場でニッコリ微笑んでくれそう!
なんてことを思いながら一人で浮かれていると、いきなり、背後でガラリとガラス戸の開く音がした。
無人だと信じ込んで異世界にトリップしていたあたしはビックリし過ぎて「わあっ!」と声をあげてしまった。
何でかわいく「きゃあ」と言えない!
自分を罵倒しながら振り返ると、警備員っぽい服装のおじさんが、困惑気味の上目遣いであたしを見上げていた。
正面の階段に目を奪われていて気づかなかったが、玄関の脇には受付らしい小部屋があった。
「こ、こんにちは」
なんだか後ろめたさのようなものを感じ、挨拶がぎこちなくなってしまうあたしに対し、おじさんは、「ああ」と何か合点したように頷き、
「倶楽部のコか。聞いてるぞ。階段上がって、右に曲がって突き当たりにある部屋だぞ」
そう言うと、おじさんはガラス戸を閉め、伏せていた文庫本を再び読み始めた。傍らに置いた湯飲みをすすりながら。
なんか平和……思いながら、私は階段を上がった。
赤い絨毯は想像以上に柔らかかった。
ときおり、きしんだ階段が間延びした音を響かせる。踊り場で足を止めると、たちまち訪れる静寂。
日に煌めく細かな塵が降る音さえも聞こえてきそう――なんだか、ゆっくりと呼吸をしたくなる。
なんて贅沢な空間。残したくなる気持ち、分かるかも。
階段を上がり切ると、一階と同じように東西に廊下が走り、南側には細長い窓、北側には重厚なドアが並んでいる。ドアの上には、クラスを書いていたのだろう板が残っていて、かつては校舎として使われていた頃の名残を感じた。
まっすぐ進むと、看板がかけられているドアが正面突き当たりに見えてくる。
『奇譚倶楽部』お目当ての場所だ。
ドアの前に立ち、ノックしようと手を上げかけて――ふと我に返った。
素敵な招待状とレトロな空間に浮かれてここまで来たけど……。
そもそも奇譚倶楽部って何?
だいたい誰があたしを招待したの?
そんなことも分からず一人でこんなトコ来るなんて、無謀すぎじゃない!
「帰ろう」
そう思い至り、くるっと踵を返した直後、いきなり背後でドアが開いた。びくっと無様に両肩が跳ね上がる。恐る恐る振り返ると、
「奇譚倶楽部へようこそ、吉野さん」
そこにいたのは、向坂くんだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます