第4話「悪くない」

「のぞみん、お待たせ」


 そこに現れたのは礼奈。

 そもそもあたしが図書室こんなところにいるのは、日直の彼女れなが、図書室担当の担任に呼ばれた、そのお供なのだ。

 でなければ、ロクな本がなくて教室からも遠い、こんなところになんかに来るものか。円満な学校生活に、お付き合いは必要だからね。

「じゃ、行こうか」

 礼奈はチラっと向坂くんに目を向けると、頷くみたいな会釈をして、まるで逃げるようにすぐさま踵を返した。

 ええっ、ちょっと待って!  あたしは立ち上がりながらわたわたと新聞を畳み、「じゃあ」と一言残して、あわてて礼奈の後を追う。


「何か言われた?」


 足早に図書室を出た礼奈は、あたしが入口の引き戸を閉めたとたん振り返り、そう訊いてきた。

 そんな彼女に、あたしは小走りで駆け寄り、


「別に。明日天気いいかなあって、世間話」

 ウソは言ってない。「東京」は削ったけど。


「ならいいけどさ……」

 語尾を濁した礼奈は、なで肩を竦ませて、

「でも気をつけて、のぞみん。彼と同じクラスだったコが言ってたんだけど、彼、ちょっとヘンな人らしいよ。ケータイとかゲームとかは『無粋』だからって持ってなくて、『じゃ家で何してるの?』って訊いたら、『読書とかネットとか妄想とか』って言ったんだって!」

「も、妄想? もしかして彼、異次元の住人?」

「かもね。あんなクールな顔して二次元の巨乳娘のこととか考えてるんだよ、きっと」

 思わず自分のペッタン胸を見てしまう。


「しかも国語準備室に出入りしてるみたい」

「国語準備室って、あの岩じいの根城?」


 岩じいは国語担当で、来年退職予定のおじいちゃん先生だ。

 小柄だけどいかめしい顔をしていて、授業中、態度の悪い生徒にはもちろん、答えられない生徒にも容赦なく怒鳴る、イマドキ珍しい硬派な先生だ。

 怒るだけでなく成績にガッツリと反映させるため、岩じいの授業だけはみんなが予・復習を欠かさず、授業以外では下手に関わらないよう逃げ回っている。

 その、何者をも近づけないオーラは生徒以外にも有効なようで、準備室には他の先生の机もあるにもかかわらず、ずっと岩じいの個室状態なんだとか。

 今は担任でも教科担任でもない、校内切っての変人、岩じいとお近づき……それは間違いなく変わってる。


 まあ彼がどういう趣味趣向の人でも、あたしに害がないならどーでもいいけど。でも。


「無粋、ね」


 その言葉のチョイス、悪くないじゃん。

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