第31話 フェアリー !!!

病院の正面玄関から中にはいっても、巨大な病院のどこにフェアリーがいるのか解らなかった。スマホで連絡をとりあって、ようやく上層階の病室の前でマライカと会うことが出来た。

 マライカは深刻な顔をしていた。

 よくマライカはそんなシリアスな表情をする。だが彼女にとってシリアスとは実はどうということもない事がほとんどだった。

 だが今日はそうではないことは玲子にもわかる。


「ねえ、今フェアリーは病室の中よ。」


「病室? 症状はどうなの。」


「軽いけがです。」


 その時になって、ようやくマライカの近くにスーツ姿の男女か数人いることに玲子は気が付いた。


「ロンバタックス首都警察のものです。

 妹さんのケガはたいしたことはありません。病室に入っているのも事後検査のためです。医師が許可すれば、このまま帰宅できます。」


「今日はありがとうございました。

 それで、フェアリーに何があったんですか。」


「レイプです。

 学校からの帰宅途中に、数人の男たちに拉致されました。そのまま犯行が行われました。」


 スーツ姿の男の一人があっさり答えた。

予想はしていた言葉だった。そして予想通りに動揺した。玲子は言葉を失った。そのまま倒れるかと思った。何かが頭の中でぐるぐると回っている。


「大丈夫ですか。」


「いえ、大丈夫です。たいしたことはありません。」


「ここに腰を下ろして、玲子。」


 怜子とマライカは並んで近くのベンチシートに腰をおろした。


「今、医師が妊娠の可能性を考えて、薬を飲ませています。中のベッドに寝かせて副作用の確認をしています。病室にいるのは当人の動揺を慮ってというのが理由の一つです。」


 そしてもう一つの理由は、名族リド家の一員だから、他の院内にいる人たちに目立たないようにということなのは、言われなくてもわかる。


「妊娠って…。」


「妹さんはすでに生理が始まっています。妊娠の危険性を回避する必要がありますからね。」


 そうだった。フェアリーは小学生とはいえ、すでに大人の体なのだ。だがそのフェアリーがレイプの被害者とは。


「何があったんですか。」


「学校の帰りに、車に強引に乗せられたようです。目撃者がいたので、すぐに警察に通報があり、私たちが車を発見して妹さんの身柄を確保しました。

 ただ、残念ながら、その時点で行為は行われてしまっていました。」


 おぞましい言葉だった。

 この時、冷静なのはマライカだった。


「でも、学校の帰りに拉致なんて。どこで拉致されたの。」


「旧市街ですよ。」


「あんな治安のいいところで。」


「だから、我々も驚いています。今まで聞いたことも無い、大胆というか非常識な犯行です。」


 もう一人いた女性警察官が口を挟んだ。


「犯人の男たちは外国人でした。だからロンバタックスの治安事情など、全く知らなかったのかもしれません。

 犯人たちは、すでに逮捕され警察で取り調べを受けています。そのうち詳しいことが判明するでしょう。」


「外国人。」


「アラブ系の連中です。ロンバルド語も英語もほとんど話せません。」


 まさかうちの工員では、そんな思いもしたが、今の玲子はそれについて考えることが出来ない。


「おたくの工員では無いと思いますよ。なにしろ言葉がほとんど話せない。パラッツォ社の工員ならば、少しは言葉が…、ロンバルド語でなければ英語が話せるでしょう。」


 別の警官が玲子の心中を察したかのように説明する。

 確かにそうだった。エルベルトはコミニケーションの取れない人物を、従業員として採用しない方針を定めていた。


「また外国人の犯罪なのね。」


 マライカはそう口にした。

 リド家の姉妹たちの間では、「外国人」という言葉は禁句に近くなっているはずだった。自分たちも養女で外国人なのだから。

 だが、この場ではマライカはこの言葉を吐いた。気を回している余裕は無かったのだ。


「フェアリーに会わないと。」


「もうすぐドクターが出てくるわ。会うのはそれからよ。玲子。」


 スーツ姿の警官たちに囲まれて、玲子とマライカはそれ以上言葉が出ない。


「大変な時に恐縮ですが、事務的なことをお伺いします。

 犯人を告発なさいますよね。」


「ええ、もちろんです。」


「告発って、犯人は逮捕されたから、もう犯行は決まってるんじゃないの。」


「この国の法律では、現行犯逮捕されても性犯罪には告発手続きが必要なのよ。」


 こういう法律の知識は、マライカは玲子に及ばない。


「何か書類にサインが必要ですか。」


「いいえ、明日ロンバタックス首都警察の旧市街警察署まで来てください。

 書類を作成しておきます。本人でなくてもかまいません。ご家族の方ならば、どなたでも署名できます。署名と同時に告発が成立します。」


 不思議な感覚だった。

 心からフェアリーのことを思い、混乱していた。姉妹なのだから当然だった。だが自分たちは元から姉妹だったわけではない。姉妹に「なった」のだった。それもあまり昔のことではない時期に。

 それでもこんなにも混乱する。

 周囲には血のつながっていない家族がいくらでもいた。だからある意味作られた姉妹、作り上げた家族に違和感はない。

 フェアリーのことを心から愛していた。その妹がレイプの被害者になっていた。

 女性にとって、レイプは殺人にも等しい犯罪だった。ましてやフェアリーはまだ小学生なのだ。どれほどのショック、そして恐怖を味わったのだろうか。 

 それなのに自分たち姉妹は、壁一つ隔てた向こうで、クールに法的手続きの話をしている。それを思うと自分がまるで罪人のように思えてくる。


 ドアが開いて白衣の女性が出てきた。雰囲気で医師とわかる。


「ドクター、あの子の姉妹です。」


 怜子とマライカはそれぞれ握手を求めた。


「ええ、今回は妹さんも大変でした。お見舞いを言わせていただきます。」


「様子はどうなんですか。」


「ケガなどはたいしたことはありません。局部の出血程度です。アフターピルの処方も今やりました。副作用を見ていたんですが、特に重篤で問題になる症状は出ませんでした。

 薬を処方しますので、これから1週間程度飲み続けてください。それで妊娠は回避できるはずです。」


 妊娠という言葉が、玲子の胸のどこかに針のように突き刺さった。


「もう妹さんと面会できますよ。」


 そう言って、医師はドアを開いた。

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