第23話 ベアトリーチェは男の生命体を

 ベアトリーチェは裸だった。

 男がそれを見ていたが、この男には見られてもかまわなかった。

 むしろ見て欲しかった。自らの最も美しい姿を。

 男はベットに寝ころんでいた。ベアトリーチェは立っていた。そして窓を覆ったカーテンをめくって外を見た。

 外は夜であった。真っ暗で何の灯りもない。

 部屋の中には薄暗い光しかない。その光が金色の長い髪以外、何も体にまとっていないベアトリーチェの姿を、より神秘的に浮かび上がらせている。

 男が自らを呼んだように思えた。


 ベアトリーチェは男に歩み寄った。

 男は戦慄したように体を起こした。女が自ら歩み寄ってくることを予想していなかったように。

 呼んだ覚えは無かったのだ。

 ベアトリーチェはベットの脇に立った。

 そして自らの裸身の美しさで、男の意識を圧倒することを意図したかのように、上から男を見下ろした。

 その意図は達成されたようだった。

 男は観念したようにまたベットに横たわる。


 ベアトリーチェはベットに入った。

 男に抱かれようとはしなかった。

 そうではなく、男の上から体を伏せるようにした。

 伏せたところに、神秘的なものがあった。

 それは何かの生き物のようだった。手足をもがれながらも、生への執着をみせる生命体。生きようとする生命体は、ぴくりぴくりと動いていた。

 その神秘的なものにベアトリーチェは顔を伏せ頬ずりした。

 男は観念したような溜息をつく。

 その溜息に促された気がしたベアトリーチェは、それを口に含んだ。 

 舌で根本から先まで舐めるようにした。

 男は観念の声をあげる。

 その行為を果てることが無いかのように、ベアトリーチェは続けた。


 まだ生命体は動いていた。

 ベアトリーチェは次の動きに移った。

 それを口に含んだ。そして舌で舐めまわす。汗のせいなのか、少し塩辛い味がした。生命体は生への執着が頂点に至ったかのように、ぴくりぴくりと動きが激しさを増す。

 かまわずベアトリーチェは口に含んだまま舌を使う。

 男をちらりと見上げた。

 泣きそうな表情に見えた。

 男が自らの生命体を口に含んでいる自分自身を見ているという思いに、ベアトリーチェは信じがたいほどの快感を感じていた。

 ベアトリーチェは男の太ももに自らの乳房をこすりつける。

 男はたまらず両足を動かして抵抗しようとするが、ベアトリーチェの美しい乳房のもたらす快感に、打ち勝つことなど出来るはずもない。


 生命体はまだ生きていた。すぐ下のあたりで乳房が与えている無限の快感に、むしろ生命力は強まっていた。

 激しい生への執着を見せている。手足もついていないくせに…。

 トドメを刺さなければならない。

 ベアトリーチェはそれを口に含んだまま、頭を上下に激しく動かした。

 男は断末魔のうめき声を上げていた。

 見上げると男は口からヨダレを流し、痴呆になったかのようにこちらを見ている。男の実存は、完全にベアトリーチェの支配下におかれているのだ。

 激しく口に含んだまま上下に動いていると、少し奥までそれを入れ過ぎたせいで、一瞬吐きそうになってしまった。


 男は驚いたように、大丈夫かとベアトリーチェを気遣った。

 そのことがベアトリーチェのプライドを傷つけた。

 自らの支配下にある男がまだ自分を気遣うほどの理性を残している。そのことが不満だった。

 さらにベアトリーチェは口を上下に動かした。

 そしてついに生命体の生命が尽きる時がやってきた。

 男は叫んだように思えた。そして何かを自分の口の中に吐き出して、生命体は生への執着をやめた。

 固くぴくりぴくりと動いていたそれは、もはや生きている様子はなかった。

 生命の精はベアトリーチェの口の中にはいってしまった。

 ベアトリーチェは口を手でぬぐいながら男の顔に近づいた。


 男は畏れているようだった。

 目の前の信じられないほどの美しい女は、ためらうこともなく自らの生命体を攻め滅ぼし、その精を自らの体の中に吸い取ってしまった。

 そんな女を経験したことが無かったのだろう。この男は。

 自らの横に寝そべったベアトリーチェを抱きしめながら、愛していると男は言った。

 もちろんベアトリーチェも男を愛していた。しかし愛し方が違っていてた。ベアトリーチェはこの男の生命力を愛していた。

 今のように裸になって、力強い生命力を見せるものを自らに提供してくれなければ、ベアトリーチェのこの男に対する愛は、もっと冷めたものになっていただろう。

 いや最初から男を愛していなかったかもしれない。


 この行為の前に、男は力強くベアトリーチェを抱きしめ、汗を流し荒い息を切らしながら、彼女の快感に奉仕していた。

 それを十分に楽しんだ後、今度は容赦なく男の精を吸い取ってしまったのだ。

たくましい力が愛には必要なのだ、

そのことが、彼女を大いに満足させていた。

ひとつだけ彼女を不満にさせたのは、生命体の生命が尽きる直前まで、この男が理性を捨てなかったことだ。自らを気遣って見せた。

 そんなことは全く望んでいない。

 ただ、力尽きてほしいだけなのだった。

 性の支配力はベアトリーチェのほうが上だった。

 それを自ら証明したかっただけだったのだ。

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