第15話 ロンバルド愛国者党

 ベアトリーチェが船内に入って姿が見えなくなったので、3姉妹は手すりから離れた。


「お姉さま、裸になろうとしてたよね。」


「なんと、ロンバルド王女がヌードとは、ベアトリーチェはマジで頭がおかしくなったんじゃない。」


 フェアリーとマライカは口々に呆れたように言ったが、怜子は何も言わなかった。いや言えなかった。いささか脱力していたのである。


「エルベルトと結婚して、なんか感化されたんじゃない。ベアトリーチェ。

 あ、それより私に感化されたのかも。」


 マライカはまたデッキチェアに座り直しながら言った。少し笑っているようだ。


「あなたはパパラッチのいるかもしれないところで、裸になったりしないでしょ。」


「したことないけど、出来るよ。…やってみようか。」


 フェアリーは目を丸くしている。


「冗談言わないの。もうどうなることかと思った。」


 怜子は座りなおして、「少しちょうだい」と言いながらマライカのワインを口に運んだ。

 冷えたワインは、驚きでこわばっていた意識を少し和らげてくれる。

 また怜子はタブレットに目を向けた。


「レイコお姉さま。何見てるの。」


「ニュースよ。」


「また政治?」


「いえ、今度は社会ニュースみたい。」


フェアリーはそれをのぞき込んだ。タブレットの画面はそのタイミングを計ったかのように切り替わり、次のニュースに映る。


今度のニュースは幼いフェアリーには見せたくない内容だった。

ロンバタックス近郊で発生していた、連続幼女レイプ事件の犯人が逮捕されたと伝えている。

 ニュースによれば、このところロンバタックス市とその周辺で、小学生の女子を狙ったレイプ事件が、立て続けに6件起きていた。

 ロンバタックス市警と、ロンバタックス首都警察、さらに関係捜査機関が合同で捜査を行っていたところ、容疑者とみられる男の身柄を拘束した。

 現在、ロンバタックス首都警察に拘置され、当局の取り調べを受けていると、画面に出ている美しいキャスターは、無表情で伝えていた。


 覗き込んだままのフェアリーに見せていいものかと思いながら、それでも怜子はそのナースを見続けていた。

 容疑者の男はロンバタックス郊外の工場地区に住んでいる。大手そこにある大手企業の工場で工員をしていたようだ。

 工員は勤務が夜勤であり、昼間は眠っていなければ時間が取れる。

 それなので昼間、ロンバタックスやその周辺部の小学校のまわりを歩き、ターゲットとなる女子小学生を物色していたらしい。

 怜子は気になっていた。

 冷たい表情でニュース原稿を読むキャスターの後ろの画面は、パラッツォモータースの工場の写真だった。

 ニュースでは、容疑者の男がどこに勤めているかなど、全く伝えていない。さらに工場地区にはパラッツォ以外の工場も多くある。

 だがこのバック映像のパラッツォモータース工場は、暗にパラッツォの工員であることを示唆しているようにも感じられる。

 さらに容疑者の男とは夜勤だったと聞いた。ということは、外国人労働者である可能性もある。


 ふと、怜子は横にいるフェアリーを見た。

 フェアリーは表情をこわばらせている。

 もう12歳なのだ。このニュースの意味はわかるはずである。さらに容疑者の男が被害者の小学生に何をしたのかも、具体的なものではなくても理解は出来る。

 フェアリーの表情がそれを物語っていた。


「フェアリー、あっち行って。」


 怜子はたまにする命令口調で、自らの脇にいる妹に言った。

 フェアリーは何も言わず、直にその場を離れた。表情はこわばったままである。フェアリーももう見続けてはいられなかったのだろう。

 ニュースは告げていた。


「容疑者の男は、ロンバルド語に不慣れであり英語もほとんど出来ないようです。取り調べにも手間がかかっていると、警察当局の関係者は言っています。」


 やはり外国人か。

 いやな予感がした。もしパラッツォモータースがその他のパラッツォ・ホールディングス傘下の企業で仕事をしている外国人なら、さらにパラッツォに対する非難は強まるだろう。


 これから玲子の仕事は多くなる。

 だがそれはうんざりするような仕事であった。

 極右政党、ロンバルド愛国者党は、これを材料にしてパラッツォとリド家を攻撃材料にする可能性もあった。いやおそらくそうするだろう。

 それを想像してみないではいられなかったのだ。

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