第27話 楽園の外へ
訪れたパーティーの代表はカッサンドラという大柄な女性だった。
身長は一八〇センチを超え、筋肉質な体つきをしている。
ハルバートを所持していることからも、放出系より身体強化系が得意なタイプと察せられた。
「本当にここはカバリア迷宮の中なのかい?」
汗にべとつく髪をかき上げながらカッサンドラは質問してきた。
自分がどこにいるのか、ここは本当に安全地帯なのか、補給が可能なのかを一つ一つ確かめていく。
与一たちは質問の全てに丁寧に答え、カッサンドラたちも納得したようだった。
「なるほど、よくわかったよ。どうやらあんたたちの言ってることは真実らしい。それじゃあ、食事を頼むことも出来るんだね」
食糧は貴重なのだが、今のところは十分に確保してある。
むしろ生鮮食品は腐る前に四人で食べきることは不可能なくらいの量があるのだ。
だったら、食事を提供して、将来の為に外貨を稼ぐ方が賢明だと与一たちは結論付けていた。
「はい。準備があるのでしばらくお待ちください。その間に水浴びでもいかがですか? ここを下ればすぐに小川が、もう少し行けばきれいな池がありますよ」
水浴びという言葉に全員が反応した。
もう何日も身体を洗っていなかったのだろう。
パーティー全員から何とも言えない獣臭が立ち上っている。
「私が案内するよ」
ルーチェが案内役をかって出ると、みんなは喜んでついていった。
「よし! 佐伯さん、塚本さん、準備に取り掛かろう!」
与一と瑞穂は炊事には慣れていたが十四人分の料理を作った経験はない。
「冷凍食品を中心に使ってしまいましょう。解凍するだけで食べられるコロッケとかありましたよね」
「うん。保冷材で冷やしているけど、もう半解凍の状態だよ。それから冷凍チャーハンも限界かも。あれも三袋全部炒めて大皿で出してしまいましょう」
随分とちぐはぐなメニューになってしまうが仕方がない。
使える食材を順番に使っていくしかないのだ。
自分の好みで食べたいものを選択するということが、どれだけ贅沢なことだったかを与一たちはようやく理解していた。
日を受けてソーラーパネルが発電を開始している。
今日は晴天だ。
調理にIHが使える恩恵は大きかった。
焚き火で料理するのは火加減が難しいし、鍋の底が煤で真っ黒になってしまうのだ。
後片付けが大変で仕方がない。
ペントハウスには広いバルコニーがついていた。
かつてはここでバーベキューなどもされていたのだろう。
屋外用の椅子と机が備え付けてあり、隅の方にはプロパンガスのついたバーべキューコンロまで置いてあった。
ガスは貴重なので、とりあえずは延長コードを使い、IHで料理をしていく。
溶けてフニャフニャになっているインゲンをバターで炒めると、白い煙と香ばしい匂いが秋晴れの空へとのぼっていった。
メインディッシュの鹿肉の下準備をしていると、池の方から冒険者たちが戻ってきた。
しっかりと汚れを落とし、先ほどよりずっとこざっぱりしている。
「食事の用意が整いますよ。どうぞこちらにかけてくださいな」
瑞穂がテーブルへと案内すると、冒険者たちは用意された食事を見て固まっていた。
やはりチャーハンとトーストを同時に出したのはまずかったのだろうか?
だが、どちらも今食べるしかないものだった。
ひょっとするとカボチャの煮物が気に食わないのかもしれない。
味付けに使った醤油は未知の調味料だろう。
慣れない匂いで食欲が失せてしまったのか?
与一たちは冒険者たちの一挙手一投足にヤキモキしていた。
「す、すげぇ……」
「地上でだってこんな豪華なもの、めったに食べられないわ」
冒険者たちはあきれているのではなく感動していたのだ。
「本当に一人前が三〇〇〇エクスでいいんだな?」
用心深くリーダーのカッサンドラが確認した。
値段設定はルーチェがしたのだが、地上の相場の二倍くらいらしい。
「そうですよ。前金でお願いします」
「わかった。こ、こらお前ら、私が席に着くまで待ってろ!」
メンバーたちはカッサンドラが金を払っている間も待ちきれずに、それぞれの皿に手を伸ばしていた。
「うめぇ! この米の料理を食べてみろ! とんでもなく美味いぞ。 いや、食べるな! 全部俺が食べる!」
「まともなご飯なんて久しぶりよね。身も心も生き返る感じがする」
「隊長、今日はここに泊まって英気を養いましょう!」
次々と皿が空になり、焼いた肉が端から骨だけになっていく。
三十分もかからずに食事は全て腹に詰め込まれ、冒険者たちは満腹の身体を草地に横たえて休憩していた。
「いや~美味かったよ。あたしは冒険者パーティー「赤鴉」のカッサンドラだよ」
「カバリア迷宮休憩所の芹沢です。今後ともよろしくお願いします」
「こんな場所に休憩所があるとはね」
「ええ。まだ冒険者たちには全く知られていないんです。お友達にも宣伝しておいてください。あ、でも、あんまりたくさん来られすぎても困るんですよ。すぐに食料が尽きてしまいそうなので。だから適度に宣伝しておいてください」
「ああ。私としてもあんまり大っぴらにはしたくないところだよ。ライバルの探索期間が長くなれば、それだけ私たちがネクタリアを見つける可能性も低くなっちまうからねぇ」
「カッサンドラさんたちはどちらのお抱えパーティーですか?」
「私たちはミューゼル侯爵家さ」
傍で黙って会話を聞いていたルーチェが反応した。
「ミューゼル侯爵家とはまた、すごい家名がでたね」
「知ってるの?」
「うん。ポルトック王国、四大侯爵家の筆頭格だよ」
カッサンドラは探るような視線をルーチェに向けた。
「あんたは?」
「私はアベニール伯爵家のお抱えパーティー「七剣」のルーチェっていいます。パーティーは上の階で全滅。この与一に助けられて今はここに居候しているの」
「へぇ、あんたも苦労してるんだね」
そこからルーチェは自分が地上へ帰りたいこと、自分をパーティーに加えてくれないかということを交渉し始めた。
ルーチェが一通りの説明を終えるとカッサンドラは軽く頷いた。
「なるほどね。あんたの事情はだいたいわかったよ。連れて帰るのは構わないが、給料は払えないよ。仕事はしっかりしてもらうけどね」
「当然ね。私は地上までメンバーに加えてくれればそれで充分よ」
「だったら話は決まりだ」
急ではあったがルーチェは「赤鴉」に同行を許された。
二人にとって、いずれやって来るだろうと思っていた別れは、突如明日へと確定した。
心を覆うぼんやりとした
「よかったね、ルーチェ」
「うん」
言葉を重ねれば空虚な嘘ばかりつきそうで二人は口ごもる。
『一緒に来て』と言えないルーチェが呟いた。
「与一が心配よ」
『行くな』と言えない与一は寂しい笑顔を浮かべる。
「とりあえず何があっても死にはしないさ」
それ以上の会話は続かなくて、二人は黙々と後片付けをした。
休憩所とは言っても、小屋は一四人もの冒険者が眠れるほど広くはない。
いずれ拡張したり二段ベッドを取り付けるとして、今日は平らで柔らかい草地に以前買ったブルーシートを敷いて、その上に布団やマットを用意した。
寝具はマンションの各部屋からかき集めてきたので十分に足りる。
枕が変わったくらいで眠れなくなるような軟な冒険者はいなかった。
十四人分もの寝具を運ぶためにマンションの階段を何往復もしたわけだが、与一たちは全く疲れていなかった。
与一にはネクタリアの恩恵があったし、瑞穂と由梨には身体強化魔法があったからだ。
「冒険者パーティーって最大で六人くらいだと思ってたわ」
「佐伯さん、それロープレゲームの仕様ですから」
「そうよね。完全な先入観だわ。mmorpgのパーティーなら十人以上なんて当たり前だもんね」
どうしても感覚がゲームから離れられない瑞穂だった。
「小屋は拡張した方がいいよね。それから竈も必要かも。太陽光がない夜は調理ができないもん。あとは何がいるかな?」
由梨は真面目に今後必要なことをリストアップしていく。
そして分かったことは、自分たちにはあまりに知識がないということだった。
「竈にしろ、家の建て方にしろ、農業にしろ、具体的なことって全然わからないよね」
半ば自嘲的に言う与一だが、由梨や瑞穂にだって迷宮で生きていく知恵はない。
彼らが身につけてきたのは日本という社会の中でのみ通用する知識だった。
「うん。せめてネットが使えれば簡単に調べられたんだけど……。本を探しに、やっぱり外へ行くしかないのかな」
与一も瑞穂も由梨の提案を否定しなかった。
知識を求める人間は、楽園の外へとさすらう運命を定めづけられているのだろう。
それは仕方のないことだ。
遠い彼らの先祖は既に知恵の実を食べてしまっている。
その子孫たる現代人はもう楽園のみでは生きられないのだから。
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