第26話 訪問者
由梨が放つ細い紫電が与一の頭に命中して固定された。
だが与一は痛みを感じていない。
ちょっとピリピリするくらいだ。
だが、いきなり自分の意志に関係なく、己の右手が高く上がって与一は驚いてしまう。
右手が上がると今度は左手も上がる。
「あれ? え? これ塚本さんがやってるの」
今度は椅子から立ち上がりながら与一は聞いた。
「うん。どうやらこの電流で人間の動きが操れるみたいなの」
筋肉の動きというのは脳や脊髄から送られてくる電気信号で調節されている。
由梨の魔法は、これらの信号を遮断し、外部から別の信号流すことによって、生物の動きを乗っ取ってしまうという恐ろしいものだった。
「すごいな。この魔法はいっぺんに何人までの人にかけられるの?」
「どうだろう。細かい動きをさせるなら一人が限界だと思う。同じ動きでいいなら二十人くらいはいけるかな。動けないようにするだけなら五十人くらいまで大丈夫だと思う」
脳から送られる電気信号はごく微細なものなので、それを遮断するだけなら大した魔力は必要ない。
「これならゾンビに囲まれても逃げられるんじゃない?」
「そうかな? うん、きっとそうだよね!」
由梨は自分が与一の役に立てそうだとわかって非常に喜んでいた。
「これぞ
瑞穂のネーミングは全員に無視された。
咳ばらいを一つして瑞穂は続ける。
「でも、ゾンビを自由に操れたら便利よね。食料をとってこさせたり、肉体労働をさせたりといろいろ活用法はありそうですから。なんか
「
由梨は複雑な表情だ。
ネクロマンサーの意味はよく分からなかったが不吉な響きがしたのだ。
そもそもゾンビを使役するなど、あまり気乗りのしない仕事だ。
「いやいや、塚本さんは生きている人間や動物だって操れるわけだから。むしろテイマーと呼んだ方が正しいんじゃないかな?」
「え~、テイマーというのは猛獣使いとかそんなイメージじゃないですか。この場合本人の意思に関係なく身体を乗っ取られているんだからちょっと違うと思います」
ゲームというものをほとんどしたことがない由梨は、瑞穂と与一の会話をきょとんとした表情で聞いていた。
「だったら捕獲者という意味でキャプターなんてどうですか」
「それだよ、与一君!」
ここに臨時のパーティーが出来上がった。
不死者 芹沢与一(19)
レアスキルを持つメンバーがそろっているが、バランスの悪さは否めない。
圧倒的に不足しているのは攻撃力と防御力だ。
「このパーティーで迷宮に入ったらあっという間に全滅ね」
ルーチェは冷静に分析を下す。
「でも、由梨さんが魔物の動きを止めておけば、何とかなるんじゃないですか?」
瑞穂は食い下がったがルーチェは首を横に振る。
「魔物の中には魔法をレジストしてくる奴もたくさんいるの。やっぱりこのメンバーで迷宮に行くのは自殺行為だわ。とはいえ、ゾンビ相手なら充分通用すると思うけどね」
ゾンビには魔法をレジストするなどという高等な真似はできないのだ。
いつか食料や資材が足りなくなる日が来るかもしれない。
その時は生き抜くためにもゾンビのいる街に出かける必要もあるだろう。
今は誰も何も言わなかったが、それぞれが自分の役割について考えていた。
夜も更けて、全員が自分の寝場所に帰っていく。
与一は自室へもどり、由梨と瑞穂は昨晩と同じ部屋で寝ることにした。
迷宮内の方が安全なのだが、室内に入ってくる虫が嫌だったのだ。
外でゾンビがうろつく世界よりも、耳元で蚊がうなる世界の方が居心地が悪かったようだ。
ルーチェがベッドへ腰をかけると、シーツが新しいものになっていた。
自分の知らないうちに与一が代えてくれたのだろう。
夕べ使っていたシーツはアレの時にグシャグシャにしてしまったことを思い出して、少しだけ顔が火照る。
だが同時に寂しい気もした。
清潔に整えられたシーツに、昨晩の痕跡はどこにもない。
「思い出にしよう」と言ったのはルーチェだったが、簡単に割り切れる程ドライな性格をしているわけではなかった。
今夜の月はやけに白く、一人で寝るには新しいシーツは冷たすぎる気がした。
与一は自室の窓から外を眺めていた。
文明の血管を流れる電気は途絶えて久しい。
だが、向かいのマンションの窓からは頼りなげな灯りが漏れているのが見えて、与一は目を瞠る。
以前、自分に部屋から出るなと忠告してくれた人の部屋だ。
どうやら彼は生きているらしい。
試しに持っていた懐中電灯を振ってみると、向こうからも返信があった。
クルクルと光の帯が回っている。
その晩はしばらく光のやり取りをした。
特に意味のある信号は送れなかったが、互いに生きているという確認をしあえただけで嬉しかった。
自分たち以外にも生存している人がいると知って与一は安心した気持ちで寝ることができた。
翌朝、与一はルーチェの訪問で起こされた。
クローゼットの中からルーチェは遠慮がちに声をかけた。
「与一、起きてる? ナウリマとカジンザが来てるわよ」
扉を閉めたままでルーチェは話しかけてきた。
ルーチェなりに二人の間の微妙な距離を取ろうとしているようだった。
ケンタウリーたちはカゴいっぱいのブドウを持って遊びに来ていた。
たくさん収穫できたのでおすそ分けに来たそうだ。
ブドウは二人が栽培したものである。
毎年これでワインを仕込むという話だった。
いい機会だったので与一は由梨と瑞穂を紹介した。
和やかな雰囲気の中、六人は一緒に朝食をとった。
「ナウリマは俺にとって戦闘の師匠でもあるんだよ。ケンタウリーは非常に戦闘力が高くて、かつ理知的な種族なんだ」
紹介されて二人は軽く胸を張る。
カジンザはクールな表情を崩していなかったが尻尾がフリフリ揺れていた。
内心は喜んでいるようだ。
ナウリマもニコニコしている。
「そんなに褒めても戦闘では手を抜きませんよ」
「うむ。まあなんだ、お嬢さん方も困ったことがあれば儂に相談しなされ。カバリア迷宮の中のことなら大抵の問題は解決してやれると思うからの」
会話の話題は迷宮のことや東京のこと、ゾンビのことや食料のことなど多岐に渡った。
「儂がゲートをくぐれればなぁ。ゾンビなど蹴散らして、ビールやウィスキーを取り放題だというのに。世の中はうまくいかんもんだ」
カジンザはさも残念そうに言っている。
「でも、どうしてルーチェさんはゲートをくぐれるようになったのかしら?」
ナウリマは意味ありげな視線を与一とルーチェに向けてきた。
「さあ? 突然のことだったのよ」
ルーチェは興味なさそうにとぼけて見せた。
これ以上この会話が続くと二人の関係に言及しなければならなくなっていしまう。
与一が焦りを感じた時、不意にカジンザが顔をあげた。
「ふむ。客が来たようだぞ」
「あら、本当ですわ」
ナウリマも迷宮の階段がある方を見た。
「客って……冒険者?」
質問するルーチェの声が震えていた。
ついにこの時がやってきたのだ。
ルーチェが待ちに待った冒険者パーティがこの場所に近づいていた。
「塚本さんと佐伯さんは部屋に戻っていて。ここに来る冒険者が全員善人とは限らないからね」
「だめ。芹沢君だけを置いてはいけないよ」
由梨が反発する。
二人で説得合戦になりそうなところにカジンザが仲裁に入った。
「安心せい。儂とナウリマが用心棒でいてやるわい」
ニカッっと笑うカジンザはいつもよりも男前だった。
森の奥から冒険者たちの声が聞こえてきた。
「本当に休憩所なんてあるのかしら?」
「看板が出ていたんだからあるんじゃないの?」
「何かの罠だったりして……」
「わざわざこんなところに罠なんて張るかしら? 滅多に人なんか来ないところよ」
「なんでもいいさ。まともな飯を腹いっぱい食えれば俺は死んだってかまわねぇ!」
やがて冒険者たちが森の中から姿を現す。
女八人、男六人のパーティーだった。
代表して与一が挨拶をした。
「いらっしゃいませ。カバリア迷宮休憩所へようこそ」
訪問者も迎える側も、どちらも緊張を隠せていなかった。
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