第25話 魔法
今日一日中、瑞穂は魔法について教わりたくてずっとソワソワしていた。
昼間に魔法の話を聞いてからこの時を待ち焦がれていたと言ってもいい。
安全の確保と食料の移し替えは急務だったので言い出せずにいたのだが、夕食時になって、ようやくこの話題を切り出すことができた。
「ルーチェさん。さっき言ってた魔法についてなんですが」
「魔法? ああ、貴方たちも魔法が使えるかもしれないって話ね」
「そう! それですよ!」
ルーチェにとって、女が魔法を使うことは当たり前のことすぎて忘れていたのだ。
それよりも今は、目の前のマグロの刺身をファイヤーボールで焙るのに忙しかった。
生の魚は生理的にどうしても受け付けなかったのだ。
「ご飯を食べ終わったら早速教えて下さい」
瑞穂は意気込んでいる。
「佐伯さんと塚本さんが魔法を使えるようになれば、いろいろと安心だよね」
与一の言葉に由梨もやる気を見せた。
「そっか……魔法を使えた方が皆の役に立つもんね……」
ルーチェはこんがり焼けたマグロを口に放り込みながら頷いた。
「わかったわ。夕飯が終わったら二人が魔法を使えるかどうか見てみましょう」
パサパサになったマグロを食べてルーチェはわずかに顔を顰めた。
あまり美味しくなかったのだ。
昼間のうちに充電式の乾電池を二四本分フルチャージしたので灯りには困らなかった。
LEDランタンが三つと焚き火のおかげで、ゲート前は十分に明るい。
これよりルーチェ先生による魔法講義が始まる。
「肩の力を抜いて、楽な感じで立ってみて」
由梨と瑞穂は言われた通りに立った。
「それじゃあ瑞穂からいくわね。手を出して、目をつぶって」
ルーチェは両手で瑞穂の手を取り魔力を巡らす。
「どう、感じない? 左手から魔力が送り込まれて、右手に抜けていく感じ」
「あっ……わかる。なんかあったかいのが流れてく」
与一も前に同じことをしてもらったのだが、魔力の流れを感じることはできなかった。
「どうやら地球の女も魔法を使うことが出来そうね。一度流れを掴んだら自分の力で魔力を流すことが出来るはずよ。やってみて」
ルーチェはそっと瑞穂から手を離した。
「わかる。わかるよ!!」
瑞穂は目を見開いて喜んでいる。
同じ手順を踏んで由梨も魔力の流れを感じることができた。
「これで意識すれば魔力を身体に流すことが出来るようになったでしょう? まあ無意識に出来るようになると達人の域なんだけどね」
与一には全然わからなかったが、二人は自力で魔力循環を行っていた。
「じゃあ次は実践編ね。最初に身体強化を試しましょう。得意不得意はあるけど魔力を循環させられるのなら誰でも使える技術よ」
一般に放出系の魔法が得意な者は身体強化が不得手だ。
魔法使いタイプと呼ばれる人たちがこれにあたる。
逆に放出系が苦手な者は身体強化が得意であり、物理攻撃力や防御力に優れる。
「私は放出系がダメで身体強化がまあまあっていう中途半端なタイプね。その代わり、聴覚や視力なんかを魔法で補うのが得意だったから斥候役なんていうことをしていたの。さて、二人はどうかしら?」
由梨と瑞穂はルーチェの説明を受けながら体の隅々まで魔力を満たしていく。
「準備が出来たらジャンプしてみて。その時に使う筋肉を意識して、そこに魔力を補うような感覚でやるのよ」
二人はその場で思いっきり飛び上がった。
「うわっ!?」
「きゃあっ!」
自分でも予想外なほど飛び上がってしまい、二人とも叫び声をあげながら尻餅をついてしまった。
由梨が九〇センチくらい、瑞穂も七五センチは飛んでいただろう。
「すごい。高校生の時だってあんなに高く飛び上がったことないわ」
瑞穂は感動に震えながらもう一度ジャンプした。
「すごいです。かなり強くお尻を打ったんだけど全然痛くなかった」
由梨は自分の防御力が上がっていることにも驚いていた。
脚力は倍くらい強化されているようだ。
「慣れればもう少し高く跳べるはずよ。腕力も上がっているから、その辺に落ちている岩で試してみたらいいわ」
人間の頭三つ分はありそうな岩を掴む。
まずは身体強化なしで持ち上げてみたが、二人ともちょっと岩が浮くくらいだった。
次は魔力をつかって強化してから試してみた。
岩はハリボテのように軽々と頭の上に持ち上げられた。
体感ではあるが、瑞穂で普段の1.5倍以上、由梨で2.5倍程度の腕力がついたようだ。
「大まかな強化の仕方は分かったわね。自分の特性なんかもあるけど、それは使っていくうちにだんだんと分かると思うわ。とりあえず次は放出系を見てみましょう」
放出系の魔法は循環する魔力を一点に集めることから始まる。
どのような能力が顕現するかはやってみないとわからない。
「じゃあ瑞穂が最初にやってみて」
瑞穂は掌を前に差し出して目を瞑った。
最初は手に魔力を集めようとしたのだがうまくいかない。
それよりは胸のあたりに集めてゆっくりと掌から放出させる方がよさそうだ。
やがて瑞穂の手が新緑の木漏れ日のように光り出す。
「すごいじゃない! 貴方の能力は回復系よ。数が少ない希少な能力だわ」
「あら~、私は回復職ですか。本当は派手な魔法をバンバン撃ちたかったのですが、これはこれでアリですね」
瑞穂も自分の能力を知ってまんざらでもなさそうな顔をしていた。
「次は由梨の番ね。焦らなくていいからゆっくりやってみて」
由梨も目を閉じて集中してみた。
両手に魔力が集まっていくのが感じられる。
やがて由梨の指から小さな紫電が迸った。
だがその電流はあまりに小さくて、攻撃力があるかは甚だ疑問だ。
「これは……雷系?」
ルーチェにも判断がつかないようだ。
「雷系だとしたらとても珍しい魔法よ。攻撃系としてはものすごく有利だと聞いたことがあるわ。威力はすごいし、相手が避けようとしても魔法攻撃がそれを追いかけていくから絶対に逃げられないらしいわ。ただねぇ……」
由梨の発する電流はあまりに微弱だ。
「いっそ与一に犠牲になってもらって、魔法攻撃を受けてもらいましょう」
「そんなことできません。芹沢君が怪我をしたらどうするんですか」
由梨はまだネクタリアのことを知らなかった。
「あれ、与一から聞いてないの? こちらの世界では与一は決して傷つくことはないのよ。剣で首を刎ねられたって死なないんだから」
「何なのそのチート!?」
瑞穂が目を輝かせながら聞いてくる。
「芹沢君、それ本当なの?」
「うん。実はそうなんだ」
与一はこの日初めてネクタリアについて説明した。
「それじゃあ、芹沢君はこの世界にいる限り安全なんだね」
由梨は我がことのように嬉しそうだ。
「まあ、ここにばかりいられないけどね。いずれ物資の補給はしなくちゃならないだろう。だから日本でもなんとかがんばってみるさ。そういうわけで俺に魔法をかけてもらっても全然平気だから」
「うん……」
与一が攻撃をくらっても決して傷つかないことは理解できたが、だからといって喜んで攻撃が出来るような性格を由梨はしていない。
「塚本さん、これは必要なことなんだよ。塚本さんの魔法がどんな感じかを知っておかないといざという時に困るだろう?」
「それは……」
「大丈夫、一緒に魔法の勉強をすると思えばいいんだよ」
与一に説得されてようやく由梨はその気になった。
「痛かったらすぐに言ってね」
「わかった。楽な気持ちでやってみて」
由梨は集中して手に魔力を込めた。
人差し指の先から紫色に光る細い電流が与一の肩に向って放たれた。
「どう?」
「あ……なんか……」
「なんか?」
「気持いいかも。肩こりがとれる感じ」
与一はまるで電気治療を受けているように感じた。
ほんわかと温かくなり血管が広がっていく感覚もする。
「え……。じゃあ芹沢君、そこに座ってみて」
椅子に座った与一に向って、由梨は十指から電流を放つ。
電流は肩を揉むかのようにうごめいた。
「おお。これすごい」
「そっかぁ……えへへ」
魔法を試す二人の横でルーチェは首をかしげた。
雷系の魔法はこんな使い方はしないはずだ。
それとも由梨の魔力が弱いせいでこのような使い方しかできないのだろうか。
「あっ!」
何かに気が付いたように由梨が小さく声を上げた。
「どうしたの塚本さん?」
「芹沢君、ちょっとだけ実験していいかな? 気が付いたことがあるの」
由梨は思いつめたように与一の眼を見つめた。
与一は安心させるように笑顔を作る。
「大丈夫だから試してみて。どんなことになっても俺は大丈夫だから」
「うん。ただ……攻撃するとか、そういうことじゃないんだよ。私の魔法はきっと……」
由梨はオーケストラの指揮者のように右手を軽く上げた。
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