第24話 WONDER WALL

 正面玄関の封鎖を終えると、与一とルーチェは八階のペントハウスへ急いだ。

その間、由梨と瑞穂は管理人室の食料や使えそうな物を迷宮へと運ぶ。

ペントハウスは静かだったが住民がゾンビ化していることも考えられる。

与一とルーチェは慎重に合鍵を使って入室した。


 最上階はオーナーの住居だけあって階下の部屋よりも豪華な作りだった。

リビングではサンルームのように張り出したガラス張りの天井から眩しい光が降り注いでいる。

全ての部屋を確認したがこの部屋の住人は誰もいなかった。

与一としては勝手に使うのは申し訳ないのだが救助は望めそうもない。

昨日は遠くから銃声が響いていたのだが、もう戦闘音は途絶えてしまった。

たまにヘリコプターや戦闘機が飛ぶ音が聞こえるくらいだ。

サイレンの音もしなくなり、ここが東京であることを忘れそうな程静かだった。


 室内は他の部屋と同じように停電状態だった。

スイッチを入れても電気はつかない。


「何をしているの?」


電気というものの概念がないルーチェが怪訝そうに聞いてくる。


「魔道具みたいなものを起動させようとしているんだよ」


与一は答えたが内心焦っていた。

外はよく晴れているのでソーラーパネルは発電をしているはずだ。

だが灯りは点かない。

ひょっとしたらこの部屋でも電気は使えないのではないかという気がしてくる。


 それでも、あちらこちらを見て回るとブレーカーの横に何やら箱のような装置が付いていて、電光掲示板には発電量が示されていた。

それはソーラパネルにつながったパワーコンディショナだった。

さらにパワーコンディショナの側面にはコンセントがあり「自立運転用コンセント 1500wまで」という表記があった。


「きっとこれだ」


与一はパワーコンディショナに書かれた注意書きに従って主電源のブレーカーを落とした。

それから太陽光ブレーカーと書かれたブレーカーを落とす。

これによりソーラーパネルで作られた電気は屋内の分電盤から切り離された状態になった。

最後にボタンを操作して自立運転モードへと切り替えた。


「どうなったの?」


ルーチェが恐る恐る聞いてくる。

与一は室内にあった延長コードを自立運転用コンセントに差し込んだ。

辺りを見回すと小さなCDプレーヤーが目についた。

随分と古いもののようだ。

中には自作らしいCDがいれっぱなしになっている。

少し緊張しながらプレーボタンを押す。

スピーカーからアコースティックギターの音色が流れだし、ルーチェは飛び上がった。


「なに? なんなの?」

「これは音楽を奏でる魔道具みたいなものさ」


ルーチェは指先でそっとCDプレーヤーをなぞった。


「不思議な音楽……」

「そうだね。俺も曲名は知らないけど、なんか心に染みるな……」


歌詞は英語で、乾いた歌声が織りなすメロディーがやけに今の自分たちに合っているような気がした。



「芹沢さ~ん」


瑞穂が控えめに自分を呼ぶ声が玄関から聞こえてきた。


「佐伯さん、大丈夫なんで入ってきてください」


与一は大きな声で瑞穂を呼んだ。


音楽が流れる室内に由梨たちが入って来た。


「うわぁ、やっぱり太陽光発電が使えたんだね」


CDプレーヤーを見ながら感動したように由梨が手を合わせる。


「食品が傷まないうちに、早いとこ冷蔵庫のプラグを繋いでしまおう」


由梨と瑞穂は冷蔵庫を通電して食料や保冷剤を移し替えた。


一方、ルーチェと与一は他の部屋の鍵を開けて安全の確認をしていく。


「上から順番にやっていくわよ」

「了解。まずは七階だね」


各フロアには四世帯が入っているので、七階には芹沢家と佐伯家の他に二軒分の部屋があった。


 蜻蛉切りを構えてドアの前に立ち、頷いて見せる。

ルーチェが勢いよく扉を開けたが襲い掛かってくるゾンビはいなかった。

安全を確認した後に物資の調査をしていくのだが、与一にとっては空き巣をしているようで心理的抵抗が拭えない。

だが、キッチンを調べるたびに見つかる食料に安心感は増すばかりだった。


 全ての部屋をチェックし終えたのは、お昼少し前だった。

二六世帯から米が一一四㎏、缶詰は一〇〇個以上、その他にもレトルト食品や生鮮食料品と冷凍食品がたくさん集まった。

東京直下型地震の備えなのか、食料やエマージェンシーグッズを備蓄してある家が多かった。

四人だけなら当分食べる物には困らないだろう。

保管する場所が足りなかったので別の冷蔵庫を階下から運んできたり、クーラーボックスを探したりということをして時間は過ぎていった。


「溶けてしまった冷凍食品は再冷凍するしかないですね。味は悪くなるでしょうが贅沢が言えるような世の中じゃないですから」


瑞穂が新聞紙で野菜を包みながら冷蔵庫へと保存していく。

こうすると新聞紙が保湿を助けて野菜が長持ちするのだ。

食事の支度や食品の管理は一番手慣れている瑞穂を中心に皆ですることになった。


 試しにテレビをつけてみたがどのチャンネルも放送をしていない。

だが、ラジオからは政府の臨時放送が流れてきた。


「現在、世界規模でのゾンビ駆逐作戦が進行中です。国民の皆様は感染拡大を避けるためにも決して自宅から出ないでください。ゾンビはどこにでもいます。給水は雨水を利用しましょう。二階以上があるご家庭では――」


このような放送が繰り返し流されている。

だが、具体的な避難場所や食料配給、ライフラインの復旧の話はまったく出てこなかった。



 管理人室ではこれからの暮らしに有用なものが多数発見できた。

与一が欲しくても買えなかったものばかりだ。

脚立やインパクトドライバー、工具セット一式である。

回収した道具や寝具、家具なども迷宮内の小屋へと収めた。

一番欲しかったのはガソリンエンジンを搭載したチェーンソーだったが、さすがにこれはなかった。



「与一君、この冷蔵庫はどうするの?」


一階の部屋を調べている最中に瑞穂が聞いてきた。

今日一日で二人の距離も縮まり、フランクな感じになってきている。


「それはもう使わないですね。正面玄関に置いて防御を補強しましょう」

「でも、もしも出かけなきゃならなくなったら大変じゃない」

「出入りは縄梯子を作って二階からにしようと思っています。その方が安全ですから」


以前に買っておいた登山用のザイルが縄梯子として役に立ちそうだ。

他のと比べて少し高かったが、耐荷重1000㎏の物を選択したことが功を奏したようだ。


「外に物資を調達しに行ける日が来るのかな?」

「ゾンビも身体は細胞ですから、そのうちに腐って動かなくなるんじゃないですか? それに、広範囲の探索は無理だけど、隣のビルなら四メートルも離れていないから脚立を橋代わりにすれば渡れるはずですよ」

「そっかぁ。ゾンビといってもずっと生きているわけじゃないんだね」

「いつまで活動し続けるかは分かりませんけど」


こればっかりは注視していくしかないだろう。

いつかゾンビがもっと少なくなったら、もう少し楽に街を見回れるかもしれない。

それまではエントランスを塞ぐこの壁が頼りになる。

与一たちは外界を遮断するように要らない物を積み上げていった。



 正面玄関を完璧に封鎖した後、七階の非常口もある程度塞いだ。

これより先にある与一の部屋はカバリア迷宮につながっていたし、ソーラーパネルのある屋上とコンセントがあるペントハウスも死守するべき場所だった。



 作業が終わると全員でカバリア迷宮に戻って食事にした。

夕飯は瑞穂が中心となって作ってくれた。


本日の夕飯


ブロッコリーとゆで卵の温サラダ

マグロの刺身

アサリの味噌汁

ごはん

キュウリとタコの酢の物



 瑞穂の料理は美味しかった。

だが、与一は寂しい気持になる。

もしかしたらマグロの刺身やタコなどは二度と食べられないかもしれないのだ。


「与一君、美味しくなかった?」


瑞穂は自分の味が受け入れられなかったのかと心配そうだ。


「そんなことないです。とても美味しいですよ。ただ、これからはこういうものは滅多に口にできなくなるんだなぁと思うと……」

「そっかぁ……、マグロは六階の山本さんちで見つけたんだけど、冷凍されていたから食べられるんだもんね。見つけた時は半解凍状態だったから……」


しんみりとする与一と瑞穂に、由梨が明るく声をかけた。


「今は目の前にある食べ物をありがたくいただきましょう。その内に東京湾で美味しい魚が釣れるかもしれないじゃないですか」

「そうだね。塚本さんの言う通りだ」


皆いっぱい動いたのでお腹は空いている。

三人は気持ちを切り替えてご飯を楽しむことにした。


 ところが笑顔で食事をする与一たちをよそに、ルーチェだけが食事に手を付けていなかった。

普段は人一倍食べるのにだ。


「どうしたの?」

「生で魚を食べるなんて……与一たちは文明人じゃなかったの!?」


虫もカエルも平気で食べるルーチェだったが生魚だけはダメなようだった。

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