第3話 出会いを経て始まりへ

 ルーチェが自分の勘違いに赤面していると同時に、自室に戻ってきた与一も顔を真っ赤にしていた。


「十九歳にもなって秘密基地とか言っちゃったよ……ハズイ……」


いきなり後ろから抱きつかれて、動揺から出た言葉ではあったがまるっきり嘘ではなかった。

むしろ自分の本音が零れ落ちてしまったのだと思う。

ただ、言い方はもっと他にあったはずだ。

スローライフとか自給自足生活とかクラインガルテンなんていうのでもよかっただろう。

寄りにもよって秘密基地などという子どもじみた言葉のチョイスを思い返して与一は穴にでも入りたい気分だった。

それでも発した言葉は元には戻らない。

いざとなれば異世界間のカルチャーギャップということにしてしまおうと与一は開き直ることにした。


 小さなメモ帳とペンをポケットにねじ込み、おやつになるようにポテトチップスを持った。

夕飯の時間が近かったが何か食べながらの方がコミュニケーションは円滑に進むと考えたのだ。

クローゼットを覗くと、こちら側を窺っていたルーチェと目が合った。

与一が本当に戻ってくるのかと心配していたのだろう。

歩いてくる与一の姿を認めてルーチェは慌ててゲートから離れた。


「お待たせ。おやつを持ってきたよ」


与一は袋を開けてポテトチップスを差し出した。


「これはチップスね」

「そうそう。ポルトック王国にもジャガイモがあるんだ」

「うん。でもポルトックのチップスはこんなに薄くはないよ。もっと厚く切ってあるの」


 会話の滑り出しが順調に始まって与一は内心喜んでいた。

目論見通りだ。

食べ物を持ってきて良かったと思う。

仲良くなるためには共通項を探すことが重要だ。

その点、食べ物はわかりやすくてよいと与一は思う。

世の中に食事をしない人はいない。

万が一ポテトチップスが嫌いならば次はその人の好きなものを持ってくればよいだけだ。

人のまとまりとは何かを共有することで成り立つ。

会社は仕事を、友人同士は楽しみを、恋人達は秘密を共有し、家族は苦しみを分かち合う。

この先、ルーチェと与一が何を共有しあうのかはまだ分からない。


「とりあえずルーチェはここで暮らすつもりなんでしょう?」

「ええ。ただ、生き残れるかどうかはわからないわ。私の荷物はほとんど上の階層に置いてきてしまったから」


与一は一呼吸おいてから切り出した。


「自分としてはなるべくルーチェに協力しようと思っているよ。だから、自分のやることも手伝ってほしい」


ルーチェに選択肢はない。

与一が提供してくれなければ今晩食べるものさえないのだ。


「私に出来ることなら協力するわ。それで与一は何をしたいの」


与一の顔が興奮に輝いた。


「とりあえずはこの場所の調査がしたい。それから……それからここにちょっとした小屋とか畑なんかも作ってみたいかな」


突拍子もない夢にルーチェはびっくりしてしまった。

冒険者はネクタリアをはじめ財宝や、魔物が落とす魔石、素材などを獲得するために迷宮に潜る。

だが目の前にいる少年は生活の基盤となる地を迷宮に求めているようだった。


「あなた、迷宮に住むつもりなの?」

「そういうのとはちょっと違うかな。なんて言ったらいいんだろう……現実逃避ともちがうな……安らぎの場所? 自然あふれる場所で狩猟採集生活を体験してみたいって感じかな……」


与一の言葉は要領を得なかった。

ルーチェにとっては逆に自然のない場所というのを想像することが出来ない。

どんな都会でも数十分も歩けば森の中ではないかと思ってしまう。

ポルトック王国の都であるリスボネラでさえそうなのだから。

だが、そんなことを言って与一の機嫌を損ねるのはよくないと判断したルーチェはなるべく与一の意向に沿うようにしようと考えた。


「この場所の調査をするというのは私も賛成よ。一応は調べたけどもっと広い範囲を調査しなければ安全は確保できないわ。ただ、与一の格好は探索には向いていないと思うの。森の中で袖の無い服を着るのはどうかと思うわ。本当はレザーアーマーくらい装備すべきだと思うし、身を守るための武器も携行すべきね」


与一は真剣に話を聞きながら、ルーチェには理解できない文字で何かを書きつけていた。


 話し込んでいるうちに太陽は西の空へと傾いていく。


「与一、悪いんだけど先に枝拾いに行っていいかしら。今晩の焚き火用に集めておきたいの」


冒険に慣れたルーチェが言うのなら必要なことだろうと与一はすぐに納得した。


「それなら俺は食事を作ってくるよ」


食事という言葉を聞いてルーチェは心底安心できた。

自分から言うのは気が引けたが、与一は夕食を提供してくれるようだ。

これで後数日は生き延びられることが確定しそうだった。


 部屋に戻った与一はルーチェに必要となりそうなものをあれこれと収納から引っ張り出した。

一番初めに思いついたのはレジャーシートだ。

これは死んだ与一の母親が購入した品だった。

表は布地になっており、裏はアルミ蒸着の仕様で防水になっている。

広げれば2m×2mのサイズがあるので横になることも出来る。

赤いチェック柄で、折り畳めば持ち手がついておりバッグのように持ち運ぶことも出来た。

それから薄手のタオルケットも引っ張り出す。

迷宮内も日本と同じような気候だったので寒くはないとは思うが一応の備えだ。

きっと枕もあったほうがいいだろう。

寝具をそろえて迷宮側へ戻ったがルーチェの姿はない。

枝を拾い集めにこの場を離れたようだった。


 再びマンションに戻った与一は料理を作り始めた。

中学二年生で母親が亡くなってからずっと自炊をしている。

仕事から帰ってきた父親に作らせるのはあまりにひどい話だと思ったし、母の死に直面していた与一にとって料理はいい気分転換になった。

作り方はインターネットのレシピサイトを見れば動画付きで詳しく載っていたから困った経験はほとんどない。

生前に母が作ってくれた料理のレシピを見つけては故人を偲びながらキッチンに立った。

父親も与一が作る料理を楽しみにしてくれているのが嬉しかった。

親子は苦しみと共に思い出を共有していた。

その父親も今は単身赴任で家にはいないので、最近では手抜き料理が多くなっている。

今晩は焼きそばとみそ汁を作る予定だった。

異世界人のルーチェにみそ汁はハードルが高いように思われたが、メニュー変更をするのもどうかと思う。

今日だけのことならそれでもいいが、しばらくは食事の提供をしなくてはならないのだ。

こちらの味にも慣れてもらう必要があった。


 玉ねぎ、ニンジン、ピーマン、キャベツをたっぷりと刻み、野菜が多めの焼きそばを作っていく。

みそ汁の具は豆腐とワカメだ。

栄養バランスには気をつけていた。


 出来上がった夕飯をもっていくとルーチェが作ったシェルターが出来ており、近くではたき火が焚かれていた。


「すごいじゃないかルーチェ!」


シェルターは単純な構造をしていたが与一は感動している。

作り方としては、先ず太めの枝と蔓を組み合わせて四角いフレームを作る。

次に、このフレームを木に立てかけて、葉の付いた枝を何本もフレームに取り付けていけば屋根と壁になるというわけだ。

本格的な雨風はしのげないだろうが、夜露くらいなら大丈夫そうだ。

中にレジャーシートを敷いて、タオルケットを入れればそれなりの見栄えになるだろう。


「とりあえず今晩はここでしのぐつもりよ。この程度の屋根でもあると無いとでは雲泥の差だからね。本格的な小屋づくりは明日からになるわね。ただ、道具が剣とナイフしかないから時間はかかると思うわ」


 焼きそばもみそ汁もルーチェは美味しいと言って食べていた。

日本食に抵抗はないようだ。


「与一の国の料理はとても美味しいわよ。こんなに美味しい食事は久しぶり。迷宮の中では碌なものが食べられないんだから。たまに食用になる魔物とかもいるんだけどね」


 食事をしながら、ルーチェに必要なものを聞いてみると枝払い(のこぎり)と針が欲しいと言う。

枝払いは小屋を作ったり薪を確保するためにいるそうだ。

針は服を修繕するために使う。

与一ははじめは針くらいと馬鹿にしていたが、ルーチェの話を聞いて考えを改めた。

曰く、服というのは生命活動の維持に深くかかわってくる。

ほつれ、カギ裂きが原因で服が傷めば、そこから破損が広がり、ついには着る者の健康をも左右しかねないのだ。

服が破ければ体温が下がり、代謝は低下してしまう。

代謝が低下すれば病気にかかりやすくなるというのだ。


「それに、動物を捕まえることが出来れば毛皮がとれるでしょう。毛皮が取れたら服を作ることも出来るじゃない」

「よくわかった。針と糸は家にあるからすぐに持ってこられるよ。枝払いは明日ホームセンターにでも行ってみる」

「ホームセンター?」

「いろいろな資材を売っている店さ」

「ごめん。これ少ないけど使って」


ルーチェはレザーアーマーの内側から小さな革製の巾着を取り出した。

中にはポルトック王国の貨幣が詰まっていた。


「いや。そのお金はこちらでは使えないから。枝払いは自分も使うから気にしなくていいよ。他に必要なものはあるかな?」

「できれば、料理や水をくむための鍋が一つあるとありがたいです」


申し訳なさそうに項垂れるルーチェだったが、与一はまったく気にしていなかった。


「大丈夫。鍋なら使っていないのがいくつかあるからすぐに持ってくるよ」


 言葉通りすぐに運ばれてきた針と鍋を見てルーチェは思案した。

おそらく与一は裕福な家の子弟なのだろう。

針はともかく鍋やノコギリはポルトック王国では高価なものだ。

他人に言われてホイホイと差し出せるようなものではない。

それに与一は奇麗な手をしていた。

あれは労働を知らない手だ。

ひょっとすると貴族の若様が迷宮遊びをするために自分を援助してくれているのかもしれない。

自分のパトロンがアベニウス伯爵から与一に代わっただけの話だ。

そう考えれば少しは気が楽だった。


「明日は武器を用意しようと思うんだけど、どんな武器がいいかな。やっぱり剣?」

「与一は武芸のたしなみはあるの」


まったくといっていいくらいに経験はない。


「だったら槍がいいと思うわ。単純な話だけど長い方が有利だから」

「槍かぁ……。なんだかワクワクするな。よし、明日は槍を作ってみよう!」


既に辺りは暗くなり始めていた。

与一は調べ物があると言って自室へと帰っていく。

ルーチェは与一の残していったタオルケットにそっと触れた。

するとびっくりするようないい匂いがしてきた。

単に洗濯石鹸の匂いなのだが、ルーチェは香水でも振りかけてあると感じた。

自分の汚れた体にかけるのはもったいないような気がしてタオルケットを脇へやる。

使い慣れた自分のマントをかぶると睡魔はすぐにやってきた。

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