なぜ前に聞かなかったのか? 12
着いたのは結局いつもの活動場所である講義室だった。めいめい何となく増田教頭先生から離れた位置に座る。
「今君たちがやっているコメント回収と、おそらくこれから始まる新聞づくりの件ですが、コメントの方は続けてください。成績を残せなかった部活にとってはほぼ唯一の広報の場なのですから。
そして夏号では総合体育大会やコンクールのことを書くつもりですよね。書くなとは言いません。情報の割合を、減らしていただけませんか」
そう来たか。ごくりと生唾を飲む。
「その代わり、とは言っては何ですが、今日のあなた方の仕事をこちらで引き受けようと思ってですね」
「コメント回収してくれるんですか」
「体育館の割り当て表についての調査をしなくていいようにするということですよ。余計な詮索をされても困るのは職員ですから」
そっちか。だがこの場にいる誰もがそちらの方がありがたい。ちゃんとけりをつけたいからね。
「体育館の割り当て表についてですが、ゴミ箱に捨てられていた方については後で仮谷先生にでも聞くとします。
問題の訂正後の方はどうなったのか。我々は見つからなければ見つからないで構わないと思っています。訂正したほうの体育館割り当て表は前西先生の代わりに野島先生に作ってもらいました。野島先生のパソコンからいくらでもコピーはできますし。
ということで誰がどこへやったとしても、見つかり次第、職員室にあるシュレッダーという大変便利な機械で処理してください、とお伝えするつもりです。
さて、ここからが本題ですが、バスケ部は本来今日から部活休止の予定でした。前西先生はしばらく年休をとるため学校にはいらっしゃいません。私がとるようにお伝えしました。1週間も前の話です。
それから私の認識不足でしょうね、副顧問の糸村先生にバスケ部の休止の連絡を忘れていました」
増田教頭先生はすくっと立ち上がる。
「待ってください」
冬樹先輩が呼び止める。
「研究部は仕事をしたのですか。それとも、仕事に使った、のですか」
増田先生はぎろりと睨む。
「君も随分人を傷つけるようなことを言うもんですね」
増田教頭先生はそのまま講義室を後にした。
「終わり?」
あっけにとられている篤志。明らかに不満がにじみ出ている牧羽さん。きょろきょろと周りの目を見る澄香。口を閉ざした冬樹先輩。
「どうせ僕らは今のじゃ分かりませんから」
「整理していくかないわね」
篤志と牧羽さんが椅子の向きを変える。それに倣って輪になるように体の向きを変えた。
「まず、訂正版の割り当て表を取っていった犯人は探さないという方針のようだね」
「あれって私たちも探すなってことでしょ」
「というより、言い回しからして現物も処分した証拠もないんじゃないか」
篤志の指摘から増田教頭先生が使った単語を思い返す。増田教頭先生の考えだと、おそらく前西先生が最有力候補だとは思う。でも、ゴミ箱に捨てたりシュレッダーにかけているのを見た、という人が出て来なければ何とも言えない。訂正版の行方すら追えないと考えたほうがよさそうだ。
「それから、話に出てきたのはバスケ部のことだな。バスケ部に何かあったってことか?」
「そうじゃないかしら。部活動休止。顧問も休みを取ってもらう。それにしてはあまりに連絡不足のような気もするけど」
前西先生に年休を取ってもらうだけなら、バスケ部の活動は中止にはしない。どうしても活動してもらうなら、副顧問の糸井先生に頼めばいいだけの話だからだ。それすらしていない。
おそらく今日の体育館のコートの予約をキャンセルしたという話も、これでほぼ真実だと確定する。部活が本来今日から休止だったのに、キャンセルの連絡が今日になった。そもそもバスケ部の部活休止が1週間前に決まっていたのならこれも当然早めに連絡が入れられるべきだ。
総体はとっくに終わっているのにコメントが書かれていない。よくよく考えれば、これ以上ない活動報告、そして広報の手段だ。他の部が次々出しているのに渋っているのは、部としてもったいない話だ。
作文や標語が提出日の今日になっても提出されていない人が多い。当たり前だが宿題を提出しなくていいわけがない。ギリギリの人が多いのならわかるが、今朝の時点で提出していないとなると、全員締め切りを守らなかったことになる。そんなに多くの部員が?
そもそもなぜバスケ部は今日来たのか。1週間前には活動休止が決まっていたのならとっくに周知がされているべきだ。現にバレー部も卓球部も訂正後のスケジュールで動いていたはず。だというのに体育館のコート使用のキャンセルすら行っていなかった。ということは、彼らが聞かされていたスケジュールは、訂正前のまま。おそらく午前は学校の体育館練習、午後は別の体育館での練習ということだよな。
「澄香、バスケ部は県体に敗れてから練習がハードになったって言ってたよな?」
「え? あ、うん。そうだよ」
自分に振られると思ってなかったのか、はたまた俺が発言すると思っていなかったのか分からないが、澄香はすごく動揺している。
「どんな風にハードになったか聞いてるか?」
「ええと、午前中に学校体育館取れた日は午後に市民体育館、取れなければ学校で練習して、午後に学校体育館の日は、午前は基礎体力作りするとか言ってたけど」
「そういえばバスケ部って出ずっぱりだったかもしれない。ん? 訂正前の時点でも時々午後のB面が使われてない日があったな。卓球部は自分で休みを入れるとか言っていたけど」
篤志が首をかしげると、牧羽さんがこう答えた。
「確かバレー部が今年からどこか週1で休みを入れるようにした、とか言っていたわね。その分じゃないかしら」
「でも空いてるの見ると使いたくなるよな」
「午後に使う部が2面展開してたってこと?」
「バレー部と同じ時間に使ってたのってほぼ卓球部だった気がする」
話し合いがそこで止まった。
ほぼ毎日1日練習。1週間前に決まった活動休止。コメントどころか宿題の作文・標語未提出。休みをとるよう言われた顧問。事情を知らない副顧問。
「卓球部から聞いたことって何だろうね」
冬樹先輩があざ笑うかのように言葉を吐き出す。あの8人が先輩の不祥事を話すだろうか。話したとして信用に足りるものだろうか。俺が先生なら、忖度が効いている前提で聞くことになるだろう。あるいはここぞとばかりに先輩への不満を漏らしているかもしれない。つまり客観性に欠ける。
増田教頭先生が期待したのは、卓球部から見たバスケ部の様子、ピンポイントで言うならバレー部が休みの日の午後、バスケ部が練習しているかどうか、だったのではないだろうか。
仮谷先生や太田先生からも聞いているだろうから話は出ていたが、練習現場を見ているであろう卓球部員からの情報が一番有力だった。バスケ部が勝手に体育館の空き時間を使っていたことは部活動停止の条件としては充分な理由になるだろう。
増田教頭先生の狙いは、バスケ部を休止に追い込むことだったのではないか。前西先生に代わって野島先生に体育館の割り当て表を作らせ、卓球部員から裏を取り、俺たち研究部に仕事してもらった。なにより研究部は久葉中の一番の悲劇の事例なのだ。それはほかならぬ増田教頭先生が一番身に染みているはず。そこまでしないとバスケ部に休みの日は訪れなかったのだ。割り当て表にあった以上に外練習や他の体育館を使っての練習が連日行われていたとするなら、休むどころか勉強や宿題をする時間すらあったのか怪しい。前坂先生は練習時間や部員の学習状況などを冷静に判断できなかったのだ。
悔しい、ただただ悔しい。父さんのいた頃の久葉中、あれから何も変わっていないではないか。
部活だって大事だ。試合で勝ったりいい記録を出したりするためには練習時間は必要だ。でも、部活以外の時間が部活の疲れを取るための時間になってはいけない。宿題、勉強、家事、ボランティア、趣味、旅行、読書、団らん、友達と遊ぶことだって絶対に必要なことなのだ。
冬樹先輩が立ち上がる。
「どこ行くんですか」
篤志が声をかける。
「助言をしに。ダシに使われたんだ。研究部としての意地を見せないとね」
冬樹先輩は怪しげな笑みを浮かべた。
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