なぜ前に聞かなかったのか? 9

 先にバレー部からの伝言を伝えようと多目的ホールを覗き込む。卓球台はどこかに片付けられたようだが、はしっこに荷物がまとめられていたので戻ることにした。

「何で小倉さん以外も体育館に行くかな」

 講義室に戻ってきた直後に冬樹先輩から言われたことはこれだった。

「何で知ってるんですか」

「かくいう俺もギャラリーからバスケ部のこと見てたわけだけど。ステージ側を男子、入り口側を女子が使ってたみたい」

 結局同類だった。

「時間もないことだし、とりあえずお互いが聞いてきたことだけでも整理するか」

 俺と牧羽さんはさっきの通り、冬樹先輩も証言なし、澄香はほとんど聞きまわれなかった、と続く。

「そういえば、バスケ部って男女一緒に練習してるの?」

 コメントを集めている澄香に聞いてみた。バレー部は女子しか部員がいないし、卓球はそんなにスペースを必要としないから体育館の片面があれば男女別で練習できるだろう。しかしバスケ部は大所帯だ。男女一緒に練習できるのだろうか。

「コートも男女別で時間を取ってあるけど、1面の中で分けられるときは一緒に使ったり、時間を半分に分けて使ったりすることもあるみたいだよ」

 だからバスケ部内ではコート争いを行っていなかったわけか。

 最後に篤志の番になる。

「結局課題提出の時にそんなに注意して見てないよって話でした。ただ、ちょっと怪しいのは、校長室で増田教頭先生たちが話し合いをしているらしいこと、職員室で糸村先生が電話をしているのが聞こえたことですね。職員室のそばを通った時、声が聞こえたんです」

「電話先の相手ってわかる?」

「話の内容的に予約のキャンセルっぽかったです。今日から8月いっぱいまで、何かを予約していたみたいですね。ちょっと妙なのが、糸村先生が予約した日を電話の相手に聞いていたみたいなんですけど」

「それって糸村先生が予約の日を把握していなかったということよね? 忘れてたってあり得るのかしら?」

 牧羽さんの指摘の通り、普通ならそう思うだろう。

「篤志、糸村先生って学校の電話を使っていたってことだよな?」

「そうだな」

「糸村先生個人の用件なら学校の電話は使わないだろう? 何か久葉中の名で予約してあったものを糸井先生がキャンセルすることになったんだよ」

「えっ、でも普通予約した人がキャンセルしない?」

 この澄香の指摘も普通ならそう。

「今日いない先生が予約したものをキャンセルしなければならなくなったんだな。例えば前西先生がバスケ部の練習に市立体育館のコートを予約したとか。生徒から聞いた情報を確認するために電話を直接市民体育館にかけた。そして予約が入っていたら8月分はキャンセルするように、との誰かからの指示があった。増田教頭先生辺りかな。

 そういえばバスケ部には誰も先生がついてなかった」

 冬樹先輩が俺の推理を代弁した。

「あーのー」

 いきなり声をかけられる。そこに立っていたのはエナメルのショルダーバックを肩にかけた小柄な女子。何と北向さんだった。

「北向さん?」

「お取込み中だったなら、失礼しま――」

「いや、それよりどうしたの、かな? 荷物も下ろさないで」

 牧羽さんが北向さんに声をかける。

「かな……?」

「そうよ、かな。下の名前『かなめ』だけど?」

 牧羽さんがさも当然でしょ、と声をかけてくる。そういえば北向さんと牧羽さんは同じ小学校出身だっけ。

「そういえばかなって久しぶりに呼ばれたかも。中学に入ってからはみんなきーちゃんって呼ぶから」

「ふーん、『北向』の頭文字『き』を取っても『紀』を『き』と読んでもきーちゃん、なるほど。北向きたむきかなめ。普通の人は読めないのね。一般的な読み方ではないから」

 牧羽さんが哀れなものを見る目線を送る。わー、人名って難しい。篤志が、「まあクラスメイトでも女子の名前までは覚えきれないかもな」と肩を軽く叩いた。その隣では、澄香が1人で「ああ、遅れてくるかなちゃん」と納得していた。

「もしかして、君、卓球部なの?」

 冬樹先輩が割り込んで入ってくる。北向さんは頷いた。

「ところで皆さん、卓球部のみんなを見かけませんでしたか? 下駄箱に入っていたメモの通りこちらに来たのですが、誰もいなくて」

「急遽体育館練習の割り当てが変わったから、さっきまではここで練習していたのよ。でもここにいないってことは、自分たちで体育館に戻ったんじゃないかしら」

 牧羽さんが言う。北向さんは「ありがとう」と頭を下げて階段を下りていく。

「待って、北向さん」

 冬樹先輩が呼び止める。

「どうしたんですか?」

「卓球部が引き上げたところを見ていないし、さっきまで体育館にもいなかっただろ?」

 冬樹先輩は俺たちが体育館を追い出されるまではギャラリーにいたはずだ。ギャラリーは体育館全体が見渡せるから、卓球台を広げているなら見落とすわけがない。

 おまけに、男女バスケ部が2面とも使っていたと冬樹先輩が言っていたじゃないか。

 さらに言うなら、活動場所には荷物を持っていくのがルールだ。一体卓球部は荷物を放置してまでどこに行ったんだ?

「北向さん、今日はどうして遅れてきたんだい?」

「病院に行ってきたんです。喘息持ちで定期的に行かなきゃならなくて。途中で母の車のバッテリーが上がってしまい、こんなに遅くなってしまいました。……それが?」

 冬樹先輩のただでさえ白い顔がどんどん青ざめていく。

「あの時1人いないって言っていたのが北向さんだったことは、ヨウはいた可能性が高いってことなんだな。なら割り当て表を持ってったのも――」

「先輩、割り当て表を持っていった人が分かったんですか」

 余計なことを言ったせいか冬樹先輩に睨まれる。

「このメンバーだと……仕方ない。北向さん、一旦ここに荷物置いていって。それから、すぐにヨウを探しに行ったほうがいい。おそらく卓球部総出で探しに行っているはずだ」

「構いませんが、一体何が?」

「歩きながら説明するわ。私も一緒に行く」

 牧羽さんが北向さんの手を取る。2人にはすぐに向かってもらった。

「残りは最悪の可能性、体育館に向かうか」

 最悪の可能性が体育館で起こるとしたら、なるほど、そういうことか。まだすべてを理解したわけじゃないけど、体育館で起こる惨事を回避させたほうがいい。

「悪いですが僕は残りますね。そのヨウが戻ってくる可能性もありますし、誰かが戻ってきたら部員隠しをきっちり説明してもらわなければなりませんから」

 篤志も怒り心頭の様子で多目的ホールにドカッと腰を下ろした。部員の数をごまかされたのがよっぽど気にくわなかったのだろう。

「わ、私は職員室に行ってきます。誰もこのことを知っている先生がいないかもしれませんし、さっきの城崎君の話、糸村先生は私の担任だから、ちゃんと話を聞きだしてきます」

 澄香が震えながら小さく手を挙げる。さっきあれだけ体育館で怖い思いをしたのだから無理させないほうがいいだろう。

「2人で充分!」

「なら、頼むね」

 俺と冬樹先輩はギャラリーへと向かう。

 ギャラリーから体育館の様子を覗く。バスケ部の練習は完全に止まっている。その中心には男子と女子がにらみ合っていた。

「何だよ」

「アレ、違う。昨日見たのと違う」

 言い合いをしている。

「ヨウと江藤えとうだ。

 元気君、行くよ」

 ダッシュでギャラリーからアリーナへと飛び出した。

「それが正しい割り当て表だよ。そうやって先生も言ったじゃないか」

「昨日見たの、赤い文字あった。アレ、なかった」

「はあ?」

「何のことだ?」

「もも子、今日ある言った。今日来た。明日あるか、教える。朝、表、確認した。昨日見たの、違う。写メ、撮ったの見た。違う」

 女子の方が叫ぶ。おそらくヨウさんは女子の方だ。周りに卓球部のメンバーの姿は見えない。

「証拠なら…」

 ヨウさんはポケットの中を探るが、何も出てこない。

「ヨウ先輩、ですよね」

 俺は大声で声をかける。一気に注目を浴びたが、彼女に近づくための隙間ができたので駆け込む。

「アンタ誰?」

「味方!」

 ヨウさんは俺の後ろの冬樹先輩をちらりとみる。ケンキュウブ、とほほ笑んだ。誰かが「公正公平の研究部じゃないのか!」と叫ぶ。知るか、こんな状況で。

「ヨウ!」

 井ノ上先輩と義堂先輩が駆け込んでくる。2人はこちらに駆け寄ってきた。

 続いて澄香、仮谷先生、太田先生、糸村先生が姿を現した。

「バスケ部、まさか1人に寄ってたかって何かしたんじゃないだろうな」

 仮谷先生が大股で歩いてくる。

「残念なお知らせですが、バスケ部はお盆休みまで活動中止が決定しました。今後の日程は職員会議で決定し、私からお伝えしたいと思います。研究部にも残念なお知らせですが、コメントは3年生の分のみの掲載でお願いします」

 糸村先生が静々歩いてくる。

「君らねえ、作文標語は締め切り間に合わないにしても、明けに宿題提出できないのがいたら承知しないからねえ? 後、作文標語も完成次第提出しに来ること!」

 太田先生がまたゴキゴキと指の関節を鳴らしていた。

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