なぜ前に聞かなかったのか? 10

 話の続きは多目的ホールで、ということになり、卓球部と研究部は引き上げることになった。体育館は糸村先生監督のもと、バスケ部が閉めることになったらしい。卓球部もさすがに部活を続ける気もないだろうし。

 多目的ホールに戻ってきた俺たちが見たのは、堤君にヘッドロックしている篤志、それを見ておびえる郁郎君、その光景を見て面白がっている文典、沼倉さん、あくびしている丸岡さん、6人そっちのけでコメントを書いている北向さんと彼女を見守る牧羽さん。言うまでもないが、まとめて太田先生の雷が落ちた。

「いないのは斉田兄弟と絹谷さんと速水君? 探してこなくちゃならないわね」

 太田先生が言うと、沼倉さんが「そしたらうちらで探してきますよ」と名乗りを上げた。「さんせーい」と丸岡さんも声をあげる。

「どうせ話聞いててもわかんないし」

 そう言って2人は林、堤、浅輪、と腕や襟首を引っ張っていってしまった。それに北向さんがついていく。太田先生が追いかけていったところで、「ところで」と冬樹先輩は話を始めた。

「卓球部、ヨウが来ていることを隠していたな?」

「冬樹先輩の言う通りです。部員の数を虚偽申告して」

 冬樹先輩と篤志が抗議する。

「隠した、だあ?

 ヨウが勝手にどっか行っちゃったりしただけだけだろうが。しかもそっちの1年はまだしも、高瀬、お前はヨウが部員なの知ってただろ」

 井ノ上先輩がドスを効かせた声で2人をにらみつける。篤志は委縮していた。命知らずめ。

「1人休みがいると聞いていたので、早合点ですみませんでしたね」

 冬樹先輩がため息をついた。俺たちがヨウさんのことを知らなかったと同時に、冬樹先輩もまた北向さんのことを知らなかったのだ。

「そういえば、卓球の公式団体戦は6人必要だったわね。少なくとも女子部員が6人いるのは分かったことなのに」

 牧羽さんが指折り数えながら指摘する。みんながみんな卓球の大会の規定を知らないよ。

「あれ? でもヨウってコメント書いてる時もちゃんとおったやないか」

「いえ」

 義堂先輩の話にも篤志は突き返す。ヨウ先輩も「コメント?」と首を傾げた。

「卓球台とかここに運んで練習しにきた直後ですよ。実際コメント書く時間取っていたら体育館に呼び出されたり僕たちが話聞いたりしてたので練習したのかどうかは知りませんが」

 篤志が言う。

「ああ。万衣子、書かなくていいよ言った。そこのトイレでスマホ探してた」

「スマホ!?」

 仮谷先生をじっと見る。

「ヨウさんだけは保護者からの要請で特例。人目につかないところで操作する条件で」

「ヨウは本国では卓球界のホープだったの。それで今でも強いところのスクールに通ったり個人レッスンを受けたりしてる。

 保護者からそっち優先でヨウには入ってもらってるから、土日と長期休暇だけは保護者と連絡とれるようにって」

 井ノ上先輩が説明を付け足す。

「でも長すぎません? コメント書いてもらった時も、体育館に呼び出された時も、そのあと卓球部から話を聞いていた時もおみかけしませんでしたが」

 牧羽さんの言う通り、彼女の影は全くなかったといっていい。

「すぐ見つかった。でもみんな体育館行った。こっそり後ついていった。先生の話聞いてるの見てた。研究部と話してるのも見てた。でも何て言えばいいか分からなかった。私のせい。私ゴミ箱に紙捨てたせい」

 体育館に呼び出された時も、野島先生の話を聞いていた時も、俺たち研究部が卓球部と話していた時もどこかでこっそり覗いていたのだ。おそらく割り当て表を捨てたことに罪悪感を感じて。

「そしたら、時系列順に整理していくか。

 今朝校門が開いた時にスピードを出して校内に入ってきた白い車、あれヨウが乗ってたんだろ?

 駐車場の方に車ごと入って、駐車場で車を降りたんだよね?」

「そう」

 あの危なっかしい車、この人の家の車だったのか。

 ただ、スピードを落としてくれさえすれば正門から入って職員駐車場に入ってもらうことを学校側は推奨していたはず。南門に横付けすると、あれだけダラダラ続く自転車の列の近くで降りるとなると道路の通行を妨げるからだ。

「まさか先輩、白石先輩みたいにどの車が誰の家の車、みたいに覚えているんですか」

 澄香がドン引きしている。

「いや、違う。卓球スクールやレッスンに学校の部活より優先して通っているヨウが、自転車通学はしないだろうってだけ。もし急に予定が入ったら自転車で家に帰ってくるのを待てないだろ?

 ヨウの保護者は車で送り迎えしなきゃならないのに、自転車で登校したら自転車を車に載せるか、学校に置いていくかしなきゃならないよね。

 そして職員玄関、先生が出入りするほうだ、から入って職員室の前に行き、割り当て表を取ってまた同じところから出てきた」

「何でわかった?」

 卓球部勢からどよめきが上がる。冬樹先輩はみんなの方に向き合った。

「そのために時系列でそれぞれの行動を整理しますね。

 割り当て表ですが、昨日学校を閉める時点では職員室前の掲示板に貼ってあった。これは太田先生がおっしゃっていたので間違いないでしょう。

 そしてさっき言った通り、ヨウが職員玄関から入って割り当て表を取っていった。

 そして職員室前の掲示板に割り当て表がないことを元気君が確認した。間違いないよね?」

「はい。俺と冬樹先輩2人で確認しましたもんね。つまり俺よりも早く来た人が割り当て表を持って行ったんです」

「そして俺たちと入れ替わるように篤志君が昇降口に来て、さらに入れ替わるように小倉さんと牧羽さんが昇降口に来て、小倉さんと牧羽さんが靴を履き替えたところで井ノ上たちが昇降口から職員室に押し寄せた」

 ここまでは確かな事実なのだ。

 文典たち、それから冬樹先輩と会って少ししゃべっていたので昇降口付近の出入りは分かる位置にいたけれど、見落としている可能性があるので黙っておいた。

「ちょっと待った。そういえば今までは気にならなかったから突っ込まなかったけど、一体誰が誰なの?」

 井ノ上先輩が聞く。義堂先輩も話を聞いているのかどうか怪しい相づちを打っているし、ヨウさんに至っては俺たちが何者なのかすらも紹介していなかった。

「研究部1年蓬莱です」

「同じく城崎です」

「同じく牧羽です」

「同じく小倉です」

 1年全員が手を挙げて名字を宣言する。

「研究部2年高瀬です。わかった、全員名字で統一しよう」

 顔をうつむかせながら冬樹先輩も手を挙げ、改めて名字で統一した名前で話を繰り返した。

「となると考えられるのは蓬莱君が職員室前の掲示板にたどり着く前に職員室前の掲示板に来た人物、となります。時間的には開門から10分程度、といったところでしょうか。

 蓬莱君の話からすると、林君たちには時間的に厳しそうですね。となると彼らよりも早く来た人たちの中にいることになります」

 その時点で開いていた昇降口または職員玄関から入れる人物。澄香と牧羽さんの話からその時点では体育館に通じる入り口は開いていなかったわけだし、他はそもそも開錠しないはずだ。

「でも、げ、蓬莱君より前に昇降口に入れた人って結構いますよね。今日は作文と標語の提出締め切り日で実際僕含め16人は提出ボックスに来ているのだから昇降口から出入りする人もそんなに目立ちませんし」

「ところが、そんなにいないんだよ。

 仮谷先生、今日昇降口の開錠をしたのは先生ですよね?」

「そうだが?」

 いきなり話題を振られた仮谷先生はぴくっと肩を震わせた。

「校門、できれば南門が開いてから何分後くらいのことか覚えてますか?」

 仮谷先生は時計をちらりと見ると、「5分くらい経ってたかもしれないな」と答えた。

「その時に、昇降口前で出待ちしている生徒などいましたか?」

「いなかった気がするが」

「では、昇降口の開錠をした後どちらへ行かれました?」

「職員室だが?」

「その間に提出ボックスではなく、職員室の方まで来た生徒はいました?」

「いや、いなかった……なるほど。

”俺は割り当て表を見ている生徒を見たか?”

 答えはノーだ。ついでに割り当て表の所は特に覚えていない」

 高瀬先輩はにやりと笑う。

「蓬莱君が昇降口にたどり着くまでに昇降口を使って割り当て表が貼ってあった掲示板まで行った生徒はいない、ということ」

「職員玄関も、何か特別なことがなければ入りませんよね。先生に注意されますし」

 小倉が首をかしげる。

「だが、おそらく職員玄関から入ってまで割り当て表を見たかった理由が、ヨウにはあった」

 高瀬先輩が言うと、ヨウ先輩に注目が集まった。

「母に次の予定、聞かれた」

 車で送り迎えしてくれる家族に伝えるだけだから、とりあえず開いていた職員玄関から入ったのか。

「問題は何で取ってきちゃったの?」

 井ノ上先輩が聞く。

「前見たのと違った」

「違った?」

 ヨウ先輩は井ノ上先輩に手を差し出す。井ノ上先輩は首を横に振った。ヨウ先輩はしゅん、と縮こまる。

「あー、もう!」

 太田先生の怒鳴り声とともに静々とついてきたのは、絹谷先輩と速水先輩だった。「きぬやん、ちー!」と義堂先輩が2人に駆け寄る。

「あんたら2人とも、迷惑かけてごめんな」

 井ノ上先輩も、2人の肩を抱きしめる。絹谷先輩は前に出てきた。

「セコイ方法だとは思ったけど、でもそうするしかなくて……ごめん」

 絹谷先輩はヨウ先輩にスマホを差し出す。

「ごめん」

 ヨウ先輩は頭を深々と下げた。

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