なぜ前に聞かなかったのか? 7

 体育館から帰ってきて、井ノ上先輩が再び「くそ!」と大声を出した。

 卓球部の中でも、誰一人すぐに動こうとしなかった。

「腐っちゃあかんで、ももちゃん」

「そういえば、何であなたたちまでついてきたの?」

 絹谷先輩がこちらを見る。

「研究部としては見過ごせない件だからね」

 冬樹先輩が答えた。

「せやで、高瀬君、何か言ったればよかったのに」

「いくら高瀬君でも、さすがにあの状況じゃ無理だよ」

 義堂先輩の言い分にも、速水先輩がなだめる。

「卓球部が体育館のゴミ箱に近づいたわけでなければ言えたけれどね」

「無理ね。何たってゴミ箱は体育館の入り口に1つあるだけ。そこは体育館に入る人ならみんな通るから」

 絹谷先輩が言う。

「まあ、体育館以外の部も入れなくはないけれど、トイレとかすら使っている人見たことないし」

 速水先輩が言う。

「そもそも割り当て表なんか見ないわ」

 義堂先輩が腕を組んだ。

「でも、それはいつなのかってことよ。だって私たちが割り当て表を確認した時点ではなかったのだから」

 井ノ上先輩がそこまで言うと、澄香と牧羽さんの方を見た。

「そういえばあの時いたわね」

「私たちが来たのは体育館を使用する部活の部長たちが走ってくる少し前です。紙をとっていくような人はいませんでした」

「となると8時5分前くらいやな」

 義堂先輩が時計を確認する。

「2人ってそのくらいには来ていたのか。だったら、僕が課題を提出したすぐ後だね」

 篤志が言う。澄香が驚いていた。

「そうなの?」

「ああ。その時に課題を出している斉田兄弟に会いましたよ。自転車の鍵らしきものが落ちていたので、回収ボックス付近にいた人に声をかけたんです。鍵は結局慎司ので、慎司が受け取って、誠司にペコペコ謝られましたから。もちろん2人は怪しいことはしていませんよ」

 篤志が来たのはそのくらいの時間で間違いない。

「斉田兄弟、本当か?」

「え、ええ。割り当て表のほうに人は、行きませんでした」

 井ノ上先輩の怖い目つきにひるんだのか元々なのか、誠司君がこわばらせた声でそう言う。慎司君も頷いた。

「ところでその場にいた人で名前が分かる人はいる?」

 冬樹先輩が聞く。

田辺たなべあきら目良めら寿々木すずき人見ひとみ成定なりさだくらいですね」

 篤志が答えたメンバーに斉田兄弟はブンブン頷いた。このメンバーだと言い逃れできまい。

「俺は7時50分には職員室前にいました。そこから冬樹先輩を待って、一緒に講義室に行きました。俺の前に割り当て表の方に行った人はいませんでしたよ」

「ふーん、そんな仲いいんか、君ら」

 義堂先輩がじろじろ見る。それにつられてか他の人たちも俺たち2人に視線を集めた。

「部長と部員として、顧問の田村先生に話したいことがあってね。それより、割り当て表をとっていった時間は、元気君が来るより前ってことになった。そうでないと誰かがその姿を見ていることになる」

「でも、今日は校門が開くのが遅かった。7時45分くらいだったんじゃないかな」

「それで元気よりも早く学校に来るって相当難しいよね」

「しかも昨日太田先生が帰るまで割り当て表はあったと言っていたわね」

 澄香と牧羽さんの言葉で、俺は井ノ上先輩を見た。

「あたしがとったって?」

「俺より前にいたのは井ノ上先輩だけだと思います」

「でも、ももちゃんは体育館が開く前に体育館の入り口にいたで」

「その時はバレー部もバスケ部も結構いたよ」

 義堂先輩と速水先輩に言われて、俺は「そうですか」と力なくうなずいた。

「でも、体育館から校舎に入り、渡り廊下を渡って来れば職員室はすぐじゃないですか。体育館が開く前でもそのくらいの距離なら往復できるのでは?」

 篤志は渡り廊下のほうを指さす。1階からも体育館から渡り廊下を通って職員室に行くことができる。

「あら、そういえば、何故先輩たちは今朝職員室の割り当て表を確かめるときに、わざわざ昇降口から来たのですか?」

 牧羽さんが尋ねる。

「昇降口から来た? 体育館から直接じゃなくて?」

 俺たちの疑問に答える前に、井ノ上先輩は「開いてなかったからよ」と答えた。

「夏休みの間、基本的には昇降口以外は鍵がかかっているの。だから職員室に行くには昇降口から入るしかなかったの」

「そんな遠回りしてきたんですか?」

 体育館から昇降口を目指すとなると、校舎を半周してこなければならない。割り当て表をとってきてから体育館の鍵が開く前につくなんてことは相当難しい。

「井ノ上の次に来たのは?」

 速水先輩が小さく手を挙げた。

「多分僕かな。自転車を置く場所が近いから。もちろん僕も自転車を停めてすぐに来た。すぐ後くらいに林、堤、浅輪、沼倉。少し間をおいて、絹ちゃん、斉田兄弟、丸岡」

「そうね。自転車の鍵をかけるのに少しコツがいるから、時間がかかる時があるのよ」

「オレが一番最後やな。チャリを停めるときに他のチャリ倒してしもうたから、起こしていて遅くなった」

 絹谷先輩と義堂先輩も続ける。1年生たちは外野で「そうっす!」「そーそー!」と準備をしながら同意していた。

 冬樹先輩は1年生の準備の様子を眺めているようだった。荷物を端に寄せて卓球台を開いていく。

「ってことは、スズキは1年生?」

「はい」

「ならば寿々木遥奈、目良義人、人見善次、成定浩史、田辺章の5人は篤志君たちと同じ時間に回収ボックスの前にいた。確か田辺君ってサッカー部だったね?」

「はい」

 俺と篤志の声が重なる。章には自転車の事件で協力してもらったから覚えていたのだろう。

「そして残りの4人は1年A組、元気君と同じクラスだ。それぞれ何部?」

「人見、成定が同じくサッカー部。目良が野球部、寿々木は確かバレー、だったはずです」

「なら元気君はサッカー部のメンバーに会って3人の行動の確認をしてきて。ついでに野球部のコメントの催促、目良君への確認も。

 寿々木さんの方は牧羽さん、バレー部のコメントを取りに行くついでに」

 みんながぽかんとしている中、篤志が話をした。

「冬樹先輩、よく下級生のフルネーム知っていますね」

「回収ボックスを見てくるついでに、作文と標語の回収ボックスの方も覗いてみたんだ。全部で16名。万が一割り当て表を探すことになった時に証人になってくれるかも、と思って覚えておいた」

 ますます開いた口が塞がらない。

「残るがソフトテニス部、バスケットボール部、陸上部。剣道部、柔道部、吹奏楽部、美術部は今日はいないわけだし」

 篤志と澄香が目を合わせる。

「コメント担当だから私バスケ行くね」

「僕がソフテニ行きます」

 2人が言うと、自動的に冬樹先輩が陸上部になったことを確認する。

 後ろから人が動く気配がする。卓球部はここで練習を再開するらしい。

「団体戦優勝、するんだもんね」

 絹谷先輩が井ノ上先輩の肩を優しくなでる。うん、と井ノ上先輩は頬を赤らめた。

 ここで待ち合わせることだけ確認して、彼女たちを背にそれぞれの場所に向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る