なぜ前に聞かなかったのか? 5

 篤志、澄香、牧羽さんは彼女のことをまじまじと見つめた。篤志は廊下の真ん中まで出て行った。

「確かあの人、卓球部の絹谷さんですよね?」

「そうだよ」

 冬樹先輩がそう答える。

「2人はどうかした?」

「ちょっと見ていただけだけど」

「何となく、あの人今朝体育館の割り当て表を探しに来た人の中にいたなーって」

 牧羽さんと澄香はそう答えた。

「せんぱーい、研究部がいまーす」

 卓球台を引いてきた先頭にいた文典が後ろの人たちに声をかける。「語尾を伸ばすな」と文典に注意するのが聞こえてくると、すぐに荷物を抱えた大柄な女子が前に出てきた。今朝自転車の列で俺の前にいた人だ。

「研究部、ここで何してるの?」

 どすの聞いた声で彼女は冬樹先輩に聞いた。

「総体のコメントを貼りにね」

 冬樹先輩が答える。間髪入れずに篤志が間に割って入った。

「実は、僕たち研究部で総体のコメントを各部から集めていまして――」

 篤志が例の件を説明し始めると、彼女の周りに3人集まってきた。1人は赤いフレームの眼鏡をかけたおかっぱの女子、確か絹谷先輩だ。さらに男子が2人、黒縁メガネの筋肉質の男子と前髪を左右に分けている垂れ目の男子だ。

「1年、一回集合!」

 中心で仕切っていた大柄の女子がそう号令をかける。

「研究部で総体のコメントを集めているので今週中に提出すること」

「誰にですかー?」

 文典が聞く。

「私に」

 絹谷先輩が言う。その後部長らしき女子が「5分休憩」と告げた。

「研究部ってこんなのやるんだなー」

 文典が話しかけてきた。興味が湧いたのか、堤と浅輪君も水筒片手に近づいてくる。

「えー、これって研究部で集めたの?」

 浅輪君がまじまじとコメントを見つめる。

「そうだよ。これからみんなにも書いてもらうことになるし」

「じゃあ郁郎君、僕の分も書いておいてよ」

「えー!」

「自分で書けよ!」

 堤にツッコミを入れる。

「あー、でも100字書かないといけないんでしょ?」

「うそ!」

「んなわけないだろ!」

 文典にもツッコミを入れる。目を丸くする浅輪君をからかうのが面白いんだろうか。

「2人ともいい加減にしろよ」

「それなー、元ぴームカ着火ファイヤーじゃん」

 沼倉さんがこちらに加勢してくれたのは分かるが、何を言っているか分からない。「な! みゆたん!」と後ろにいた丸岡さんに話しかけるも、彼女はぽやーんとしながら水筒の中身を味わっていた。

「ところで、卓球部は絹谷さんが部長候補?」

 篤志が文典に話しかける。

「ん? 部長は井ノ上先輩だけど?」

 もう決まってたのか。それ以上に目を丸くしたのは篤志だった。

「3年生は地区大会で引退しちゃったから、部長交代はその時点でやったんだよ。さっき篤志が話してた人がそう」

「というか僕たちが入部した時点でもう井ノ上先輩しか部長候補がいなかったけれど」

 堤が付け足す。

「絹谷先輩はしっかりしてそうに見えるし、コメントの話を引き受けてくれたのは義堂先輩だったから」

「絹谷先輩はあまり練習に来られないんだよ。その分裏方をほとんど引き受けてくれている」

「義堂先輩は副部長で、フォームを動画に撮ったり新しい練習方法を見つけてきてくれたりするんだけど、矢面に立つ人じゃないし、早口だから人に話すことに向いていなかったりする」

 文典と堤が解説してくれるが、一体誰のことを言っているのやら。

「黒縁メガネの人が義堂」と篤志が耳打ちしてきた。

「じゃあ、速水先輩は?」

「速水先輩、いい人なんだけどなー」

「俺は速水先輩がよかった。優しくて緩くて」

「お菓子食べ過ぎて激太りすると練習メニューがきついことになるからなー」

「その点はもも先輩の軍曹っぷりも相まって鬼だよ。自分で効率のいい方法見つけてフル稼働でやんだから」

 文典と堤、そして浅輪君までもがげっそりした顔で話す。どうやら基礎体力作りは相当しんどいらしい。

「林たちもとっとと書けよ。斉田さいた兄弟はもう書き終わったで」

「早っ!」

「ええっ!」

 義堂先輩が文典たちに声をかける。彼らはシャーペンを取り出してすぐに書き出した。

「でも、これでええんかいな?」

 義堂先輩が篤志にコメントを見せる。

「あー……」

「書き直させるわ」

「いや、僕が直接言います」

 そう言って壁の方で打ち合いをしている双子に話をしに行く。

「斉田ー」

 すぐに片方が目をひん剥いて篤志のほうを見た。

「な、何でしょうか?」

「あ、じゃあ誠司せいじから。もっと文字大きくていいんだよ」

「えっと、ひ、ひえっ。ご、ごめんなさいっ」

「焦んなくていいから」

 篤志があきれ返る。誠司はペコペコ頭を下げながら篤志からコメント用紙を受け取った。

慎司しんじはもう少し行数多く」

 慎太郎の方はラケットを持ったまま、むすっとしてコメント用紙を受け取った。

「慎ちゃん何て書いたのー?」と丸岡さんが眺める。「兄も申し訳ありません!」となぜか誠太郎の方が謝っていた。

 これだけの面子のリーダーともなれば、やはり井ノ上先輩くらいグイグイ行く人じゃなければ務まらないか。

「これ今の1年の代どうすんだか」

「まあ、文典とか、沼倉さんとかいるから。あれ、北向きたむきさんがいない」

「北向? ……ああ、窓ガラスの」

 北向さんは俺と同じ1年A組だ。彼女は夏休み前最後の登校日に起きた窓ガラスが割れた件に少し関与していた。

「休みなんじゃないか? 持ち回りで休みをいれるそうだし」

「大会直後の日に?」

「そういえば病院に行くために遅れてくる人がいるみたいよ」

 牧羽さんがぼそりと言う。

「じゃあその遅れてくる人が北向さんだな」

 俺たちの会話を遮断するかのように割り当て表が見つかった、という一報が聞こえてきた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る