なぜ前に聞かなかったのか? 4
冬樹先輩が講義室を出ていったのは、作文と標語の提出ボックスの隣に置かせてもらってあるボックスからコメント用紙を回収するためだ。これを加えて昨日までの分を仕分けた。レイアウトにしたがって、まず既に3年生の分まで回収し終わった剣道部のコメントを2階の渡り廊下に立てたボードに貼り終えた。手元にある陸上部、ソフトテニス部と柔道部のコメント用紙を見ると、まだまだ序の口であることが身に染みる。
「大所帯の野球部、バスケ部、吹奏楽部がまだ出てないことが厄介ね」
ボード全体を見渡して牧羽さんはつぶやいた。
「なんか、バスケ部は県体に敗れてからさらに練習がハードになったみたいだよ」
澄香は声をかける。
「確か吹奏楽部はコンクールがこれからあるんだよな」
冬樹先輩はボードを眺めながらつぶやく。野球部はそのうち集まるだろうけれど、バスケ部と吹奏楽部がコメントを書くのは先の話になるだろう。
「名簿の数だけじゃ細かくは判断できないからな」
篤志が付け足す。コメントは任意で書いてもらっているものなので、どの程度の生徒が書いてくれるかは分からない。幽霊部員はまず書かないだろう。とりあえず3年生は今日までに出してくれるはずだから、明日までに結構貼れるはずだ。
「こんな風に掲示されるんだー」
いつの間にか
「横着なのが標語のところに出してきたから」
太田先生はコメント用紙を差し出す。みんなでお礼を言う。受け取ったコメント用紙は仕分け前のものが挟んであるクリップに留めた。
「今日中に陸上部と柔道部の分も貼ります。できそうであればソフトテニス部、明日にはサッカー部、バレー部の分も貼れるかと」
「卓球部、まだ出してないの? 何なら言っておくけど」
太田先生は卓球部の副顧問だ。
「卓球部は県体まで行ったので、まだ終わってませんから」
「夏の大会の分、ってことかー。でも昨日負けちゃったんだよねー」
「そうだったんですか」
篤志が相槌を打つ。
「3年生は薄情だから引退して応援も行かないって話になっちゃったけど。コメントも出してないことがあったら言ってねー」
「卓球部の3年生は早めに集まりました。お気遣いありがとうございます」
「分かった。提出物関係は早く出してくれる方が助かるよねー。私ら国語科は夏休み中じゃないと作文なんて読んでられないから」
篤志は「ありがとうございます」と軽く頭を下げた。だけれど関心があったのは後半の発言のようで、目を丸くしている。
「やっぱり、作文と標語の提出が早いのってそういうことなんですか?」
「ああ、君が蓬莱君。流石に分かってんのねー。3年生ですらまだ30人くらい出してないけど。塾も仕方ないけど宿題を優先させて欲しいよねー。特に野球部とバスケ部が未だに誰も出していないって
「そういう理由なの?」と澄香が耳打ちする。
夏休みの後半から作文や統計図表の採点をしないとコンクールに間に合わない、特に国語科の先生は全員分だから徹夜して見ている。部活、事務処理、行事や授業やテストの準備。中学校教師は夏休みも休めない。
何でそこまで知っているのか、というと、父さんがいなくなってからよく聞いたエピソードの1つだからだ。遊園地に行くのがふいになった日、夜になっても駄々をこねていた俺をあやす姿を見て、母さんは聞いたらしい。帰ってくるなりかなり責めたんだけど、あんたを抱きしめるとき、あまりにやつれていたのよ、と。
「まさか野球部が今日自主練習なのって――」
「
そう言って太田先生はため息をついた。持田先生も宇津木先生も野球部の顧問の先生である。
「君たちは終わってんのね?」
俺たちは全員終わっていると返事をした。
「なら忙しい所悪いんだけどさー、君らそれ集めまわっているんでしょ。ついでに作文や標語を提出してないのがいたら必ず今日の昼までに提出するよう言ってくれない? 今日中に提出していない者がいる部に関しては国語科の意地にかけて活動停止処分を下す、と」
太田先生は指の関節を鳴らしながらそう言った。そんな太田先生の迫力に俺たちは「はい」と返事せざるを得なかった。
「バスケ部は普通に活動していましたけど」
牧羽さんが言う。
「前西先生はそういえばここ何日か顔を見てないねー。糸村先生はどこか他人事みたいな態度だったらしい、けれど。まあ、君たちも頑張って」
太田先生は手を振って階段を下りていく。その直前で冬樹先輩が呼び止めた。
「どした?」
「体育館の部活の割り当て表のことなのですが」
「ああ。あれね。んー、昨日、最後に学校を出たのが佐川先生、秋山先生そしてあたしの3人なんだけど、その時3人で貼ってあるのは見たはずなのよねー。昇降口を開けた仮谷先生は気にしてなかったからわからないって言うけど、そんなの盗る職員はいないはずだし。提出ボックスも昇降口の体育館側で、職員室は逆方向にあるじゃない? だから職員室の方に行く人間がいたら目に付くはずなんだよね」
「そうですよね。引き留めてすみませんでした」
いやいや、と太田先生は手を振る。姿が見えなくなったところで冬樹先輩が受け取ったコメント用紙を確認する。
「これでサッカー部の分は集まったから、サッカー部の分も貼ろう。
さて問題は野球部だ。担当は誰だっけ?」
「俺です。とりあえず今日来てるメンバーの中で提出していない人に提出してもらい、残りは顧問の先生に掛け合ってみます」
手を挙げて答える。今はそれしかないはずだ。
その横で、渡り廊下をメガネの女子生徒が駆け抜けていった。
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