なぜ前に聞かなかったのか? 3

 今の研究部の一番の活動は、研究部新聞の夏号を発行することだ。夏号は各部活の総合体育大会や夏季コンクールの結果、学校を通じた交換留学やボランティア体験の記事が主な内容になる。交換留学やボランティアはこれから行われるので、部活動関係の記事を作成と、部活動に対してのコメントの回収を行っていた。

 冬樹先輩はトーナメント表や写真を机に広げた。総合体育大会やコンクールの結果をまとめたものだ。コメントは部活や課外の合間を縫ってもらいに行くので当然時間には厳しくなる。俺の担当のうち、剣道部は行ったその日に全員書いてもらったし、野球部はコメント待ちで回収日も決まっているが、あんまり遅刻はしたくない。ただ、3年生だけは基本的に作文または読書感想文と標語の提出日である今日を締め切りにしている。分かりやすいし、学校に来る用事のついでに提出してもらわないと忘れられてしまう。

「今日は12時が3年生のコメントの締め切りになっているから、12時過ぎに回収をして、明日仕分け作業に取り掛かります。今日は3年生分含めて全員提出してある剣道部、陸上部、ソフトテニス部、柔道部の分を貼りだす。まだ3年生が引退していない吹奏楽部、美術部、卓球部は奉仕作業までに提出してもらいましょう。

 卓球部って篤志君かな?」

「はい。でも3年生は試合が終わっているので、3年生の締め切りは今日でいいかと」

 講義室にさっき来たばかりの城崎きざき篤志あつしが返事をする。

「あー、そうだね」

「2年生で県体行くってすごいですよね。昨日が県体だったはずなので、1,2年生の分は様子見て渡せたら渡してきます」

 篤志はコメント用紙を数えた。

「そのほうがいい。卓球部は持ち回りで休みを入れることになっているから、全員来る日がめったにない。負担を減らすためにも、大会直後くらいにお願いしたほうがいいね」

「県体まで行ったのって2年生だったの?」

「そうだよ。卓球部は2年生が強い。個人で県体に行った井ノ上いのうえもも先輩、地区ベスト8の絹谷きぬや万衣子まいこ先輩、男子も義堂ぎどう修一しゅういち先輩と速水はやみ千裕ちひろ先輩がともに地区でベスト4。3年生倒してここまで上り詰めてる」

 篤志が手元にあったトーナメント表を指さして解説をしてくれた。名前に灰色の帯がかかっている。原本には蛍光ペンが引かれていて、それを白黒コピーさせてもらったのだろう。

「ではもう集まっているはずなので確認してきますね。……もう8時過ぎてますよね?」

 立ち上がった篤志が言うので時計を見た。もう5分は経過している。

「珍しいな。牧羽さんはバレー部に用紙を取りに行ってから来るとは聞いているけど、小倉さんも一緒かな。今日は門が開くのが遅かったから」

 冬樹先輩は立ち上がって廊下を確認する。研究部の女子2人、小倉澄香と牧羽美緒は無断で遅刻するような人じゃない。

「今日は確かに遅いですし、2人で白石先輩に捕まってるのを見かけましたけど、それでもここまで遅くなりますかね? それに決めた時間に全員いないのはまずくないですか?」

「ああ、そうだね。遅刻はダメだ」

 篤志に痛い所をつかれたようで、冬樹先輩は訂正した。

「そういえば2人は何時に来てるんですか」

 篤志は時々妙に鋭い。2人でうめき声をあげてしまった。さすがに怪しんだようだ。

「何でそんなことを?」

「いや、今日は作文と標語を提出もしようとして、昇降口の脇にあるボックスに寄ったんですよ。そしたら、2人はそろって階段を上っていくところが見えたんです。でもそこまで近くにいたなら駐輪場か昇降口で見かけたんじゃないかなと思いまして。何人か作文と標語を提出し終わった生徒と話をしてたら元気ともう1人が職員室の方にいたって話を聞きました。2人が合流するまで提出場所を間違えたんじゃないかって声をかけに行こうとした人までいたみたいですし。おまけに2人揃って人が来る時間を当てにしているような気がしますし、思えば元気も冬樹先輩も一回も白石先輩に捕まってない。もしかして登校が早すぎるんじゃ――」

 2人で顔を見合わせた。結局、俺は常に7時半より早く着いてしまっていること、冬樹先輩も今日はたまたま早くなってしまったことを話すことになった。

「仕方ないだろ。交通量が多いから今の時間より遅くなると遅刻するし」

「道変えろ」

「篤志君、それは勧められない。通学路を通らないと、万が一事故や事件に巻き込まれた時に捜索が遅れたり、保険が下りなかったりする」

「それにすごく遠回りになるから普段が困る」

 冬樹先輩と俺の2人に否定されたせいで篤志は唇を尖らせた。

「……遅刻って、どのくらいだ?」

「1時間半くらい」

「それもなあ」

 篤志は完全に匙を投げたと言わんばかりに天を見上げた。

「すみません、遅れました」

 ようやく澄香と牧羽さんが姿を現した。

「おはよう、白石に捕まったのは聞いてるから。牧羽さん、コメントはもらえた?」

 冬樹先輩が声をかけると、牧羽さんが「いいえ」と答えた。澄香が代わりに話を始めた。

「体育館の割り当て表がなくなったらしいんです」

「割り当て表がなくなった?」

 澄香はこちらに体を向けた。

「うん。体育館の部活がいつ使えるのかを書いてあるものみたい。バスケ部、バレー部、卓球部の人たちが探しに来たのを見かけて、つい」

「それで?」

「今日は仮谷先生と野島先生が話し合ってバレー部、卓球部、バスケ部で時間を区切って使うことになったの。今はバレー部とバスケ部が使っているよ」

「そういうことなので、バレー部に行くのは後にします。午前練習を早めに切り上げるそうですから」と牧羽さんが話をまとめた。

「なら卓球部はこの後体育館に行くってことか?」

 篤志がコメント用紙を握り締めたまま澄香に近づく。

「卓球部は1時間後にバスケ部と交代するって言っていたよ。どこで練習するとは聞いてないな。それに、練習メニューを考えなきゃって言ってたから、今忙しいかも。なんか、すごくピリピリしてたし」

「確かにな、今はコメントをもらいに行くのはやめておく。いいですよね、冬樹先輩」

 篤志の合図を見た冬樹先輩は、一旦頷いた。

「では、全員集まったので一旦すべての部の状況を確認しようか。元気君、篤志君、説明お願い」

 そう言って冬樹先輩は教室から出ていった。

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