第十八夜 明乃 -前編-

 一条は誘とともに、待ち合わせ場所となった上野駅の喫茶店を訪れた。

 

 そこでは和泉と綾人だけでなく、すでに正樹も席についていた。

 

 一条が来たときには和泉たちのテーブルには飲み物以外にも、ベーグルやパニーニ、長楕円形のサンドイッチが置かれていた。昼時ということもあり、一条も腹越しらえのため珈琲以外にカレーパンを注文した。食事をしながら正樹の話を聞き、それが終わる頃には彼の話も終わりを迎えていた。一条はパンを包んでいた紙袋をくしゃくしゃと丸めながら要点を纏めた。


「なら、俺達に立花の捜索を依頼したのは、助けを求めてのことだったんだな」


「はい、そうなります」


 いつもの軽い調子を潜め、正樹は神妙な態度で頷いた。


 正樹が曼荼羅について調べ出したのは一ヶ月ほど前のことだ。


 探偵としての仕事をしている最中、とある夫婦の依頼で見つけた家出少女に、正樹は違和感を抱いたらしい。それは一般人にも関わらず、その少女が屍法曼荼羅に繋がる縁を持っていたからだ。あらゆる縁を視覚的に視れる正樹だからこそ気づけたことだった。


 死相持ちでない少女に屍法曼荼羅との縁があることを正樹は疑問に思った。


 そこで助手の立花明乃と協力して、その縁が何を意味するのか調べ始めた。


 だが調べていく内に、本人たちも知らぬ間に、正樹たちは追い込まれていった。


 調べれば調べるほど、曼荼羅が改変されたという事実に近づいたが、同時に彼ら自身、改変された五法曼荼羅の干渉を受けることになったのだ。そのことに気付いたときにはすでに手遅れとなり、今の一条たちと同じく、正樹は他人に助けを求める手段を失っていた。


 後戻り出来ないところに来た正樹たちは、犯人を自分たちの手で倒す以外、助かる道がなくなっていた。しかし明乃は呪術師の助手をしているとはいえ一般人。正樹自身、呪術師としての腕は三流も良い所だ。勝利は絶望的だった。


 暗澹とした思いのまま、調査を続けている内、遂に相手の方が動き出した。あの鼠の怪異に正樹たちは襲われたのだ。正樹にはあれだけの物量を相手取る手段はなく、逃げるしか方法はなかった。正樹自身はなんとか逃げることに成功したが、途中、立花とははぐれてしまったうえ、すでに死相持ちとはいえ岸本杏という被害者を出してしまった。彼女に繋がる縁は敵の手によって完全に断たれ、正樹ですら捜すのが難しい状況に追い込まれた。


 このままでは立花が殺されるかもしれない。自分の身すらも危うい。そんな状況で考え抜き、正樹は一条に助けを求めた。ただし、曼荼羅の干渉により、直接助けを求めることは出来ない。岸本杏や立花明乃の事件に関わらせることで、正樹自身の行動に疑問を持たせ、気付いてもらおうとしたのだ。だがそれよりも先に、一条たちの方が後戻り出来ない所に来てしまった。


 だから正樹はこうして接触してきたのだ。


 そうした事情からか、正樹は少し驚いたように言った。


「まさか、先輩たちも死相のない屍鬼と出会っているとは思わなかったすよ」


「けど正樹、お前が出会った女の子ってのは、お前が死相持ちとして認識出来なかっただけで、屍法曼荼羅に繋がる屍鬼だったんだよな」


「はい、そこはちゃんと確認しましたから」


 曼荼羅からの干渉は、成瀬家のことを誰かに伝えようとしたときにもあった。

 ということは、成瀬啓も、正樹が出会ったという少女と同じく、曼荼羅と繋がりのある屍鬼だった可能性がある。神祇省の認可がないにも関わらず、屍法曼荼羅の力で生まれた屍鬼。


 彼らが死相持ちとして認識されないのは、犯人がそれを他の呪術師に知られたくないから。


 なら、件の少女や成瀬啓は、他の死相持ちとは明確な違いがあるということだ。


 それはいったい何なのだろうか。


 もふもふとあんパンを食べていた誘が、それを飲み込んでから言った。


「立花さんが行方不明になったのは残念ですけど、考えようによっては彼女が今最も手に入りやすい手がかりでもあります。居場所がわかれば、蓮司君や犯人に繋がる情報も得られるかもしれません。綾人君、蓮司君の眼で立花さんの行動範囲をある程度調べられたんですよね」


「うん。正樹さんの情報とも合わせれば、もっと絞れると思うよ」


「早く見つけてあげなきゃね。明乃ちゃん、無事だと良いんだけど」


 すでに縁が切られてから、それなりの時間が経過している。


 彼女の安否が心配だ。蓮司のこともある。早く見つけなければならない。

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