第十七夜 協力者

 山王日枝神社へと続く階段に腰を降ろし、一条は機嫌悪く禁煙飴を噛み砕いていた。


 隣では誘が珍しく疲れた様子で持って来ていた饅頭を食べている。


 階段を挟むようにして、左右には鬱蒼とした木々が茂っている。神社の鳥居は神域と俗界を分つ門。鳥居の内は俗世を分つように自然に覆われ、その外にはコンクリートで出来た道路と建物が敷き詰められている。木々が多いせいか、神社の階段は蝉の声が一際多く感じられ、ジリジリと響く鳴き声は夏の暑さを一層強く感じさせた。


 饅頭を呑み込むと、誘は指についた餡子を舐めながら言った。


「まさか、霊地計画局に近づくことすら出来ないとは思いませんでしたね」


 神祇省の庁舎は、霊脈管理のため都内各地に散在している。そのうち霊地計画局は永田町に庁舎を構えている。千代田区は皇居や省庁など、何かと国の重要施設が多いため、霊地の管理がより重要になってくるからだ。


 一条はその霊地計画局を目指して来たのだが、辿り着くことは叶わなかった。灯籠堂から電

話をしようとしたときと同じく、身動きを封じられたからだ。しかも、あの時以上に強力に。


「精神干渉ってより、ここまで来ると一種の呪縛だな。庁舎に近づこうとすると、どうしても体が動かなくなる。俺だけならともかく、まさか霊的な抵抗力の高い誘までかかるなんてな」


 ここまで五法曼荼羅からの干渉が強力となると、相手は曼荼羅を利用しているというより、完全に掌握したと思った方が良いのかもしれない。そんな相手にどう対抗すれば良いのか。


 こうなると五法曼荼羅と縁を結んだ呪術師は、相手から強制的に干渉を受けると思っていた方が良い。だがそうなると、本当に打つ手がなくなってくる。今、日本国内に曼荼羅を利用していない呪術師がどれほどいるだろう。現代の呪術師にとって、五法曼荼羅は一般人が扱う携帯電話と同じようなものだ。霊力供給はもちろん、呪術の補助などにも、曼荼羅の機能を利用している者は多い。


「けど、曼荼羅からの干渉にも限界があることもわかりました。完全にわたしたちの動きを封じられるなら、いまこうして二人で考察することも出来ませんからね」


 曼荼羅の干渉は、どうやらこの件について同程度の知識を持つ者同士には作用しないらしい。ここに来る途中、何度か携帯や念話で確かめたが、精神干渉や通信の阻害を受けるのは、あくまで他人に助けを呼ぼうとすること、曼荼羅のことや成瀬家のことを詳細に伝えようとするときのみのようだった。


 このことから、どうやら成瀬家も書き換えられた曼荼羅と関わりがあるらしい。その意図さえなければ、他人に連絡を取ることも出来たが、助けを求めようとすれば、途端に曼荼羅の妨害を受けてしまう。干渉範囲を限定的にすることで、術式を強めているのか、それともまだ曼荼羅を書き換えは終わっていないのかまではわからない。だがどちらにしても、精神に検閲をかけられているようで不愉快なことではあった。


 ともかく、正攻法では誰かに助けを求めるのが無理なことはわかった。一条は階段から立ち上がり、歩きながらでも方法を考えようと思った。だがそのとき、携帯に着信が訪れた。 


 画面を見てみると、和泉が電話をかけてきたことがわかった。一条は携帯を耳に当てた。


「和泉か。どうだ、そっちは何か進展あったか?」


「駄目ね。思いつく方法は出来る限り試してみたけど、どれも連絡が取れなかったわ」


「やっぱそうなったか。こうなると少しでも互いの情報に差異が出ないよう、縁で常に連絡が取り合える状態にした方が良いかもな」


「あたしもそれに賛成ね。それと成果がないって言ったけど、それは連絡手段が確立出来なかっただけで、協力者を得られなかったわけじゃないのよ」


「協力者?」


 こちらから連絡は取れないのに協力者を得られた? 一瞬疑問に思ったが、相手がこちらの状況を知り、書き換えられた曼荼羅の認知度が同じであれば、向こうから連絡をしてくることはあるかもしれない。その場合、相手もこの件にすでに巻き込まれているということになる。


 あるいは、その相手自身が犯人側に所属する者かだ。


 この件について知る人間を、犯人がいつまでも野放しにしているとは思えない。改変された曼荼羅には、情報を共有する者同士なら連絡が取れるという不備もある。


 一条は警戒心を強めながら和泉に問いかけた。


「それで、そいつは誰なんだ?」


「正樹くんよ。彼も、私たちと同じ立場にいるみたい」


 意外な人物の名前に、一条は驚いた。

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