銃と剣 57

「遅かったな、潤一」

 

 潤一が一番上まで駆け上がれば、颯太が潤一に銃口を向けていた。ギリギリ、踏み込めば首が狙えるか狙えないかの距離。しかし、それは颯太の銃弾を避けながらである事が前提だ。

 階段を下がるか。しかし、下がったらそのまま銃口は下に向き今度は潤一が背を向けることなる。銃相手に背中を向けることは、どうぞお好きな所へ撃って下さいと言っている様なものだ。

 では、どうするか。

 もう、選択肢は何処にも無い。

 前に進むしか。

 

「トロいのは、お前だっ!」

 

 潤一は階段を蹴り上げ、全身を前に出す。銃口が僅かに動くが、最早こればかりは神頼みだ。どうか、致命傷だけにはなるなと、願いながら刀を振るう。

 だがしかし、いつまでたって音は鳴らない。銃を打つ音も、誰かが倒れる音も、何かが切れる音も。

 ギリギリの場所で刃が止まっている。

 ギリギリの場所で、トリガーを引く指が止まっている。

 

「……何で斬らないんだよ。倒せてただろ?」


 颯太が口を開けば、潤一は刃を下に降ろす。


「それは、お前もだろ?」


 颯太も銃を下に向ける。

 もう、この二人に戦う意思は何処にも無い。

 きっと、颯太は最初からなかったのだろう。


「お前が撃てば終わってたのに、お前、何で撃たなかったんだよ」


 潤一の声に、颯太は笑う。


「親友だからだよ」


 潤一は信じられないものを見るような目で、颯太を見た。

 だって、お前、この前……、俺の事を信じられないって……。


「俺達は、ガキの頃からずっと一緒にいてさ、一緒に遊んでさ、楽しい時も悔しい時も腹が立つ時も、泣く時も、一緒にいた時のが長いと思う。でも、それって俺が一人でそう思っているだけだったらどうしようってすげぇ思った。潤一は俺の事親友って思ってないかもって」


 自分一人がただ、気の合う親友であると思い込んでいるだけだったらって。


「潤一が、何も話てくれねぇからさ」

「……颯太」

「いや。いいんだ。潤一は俺が弱くて、信じられなかっただけだろ?」


 颯太の言葉に潤一は拳を握る。

 違う。違う。違うっ。


「そんな事ないっ! 颯太はいつでも、強いだろっ! 俺の代わりに先輩殴ろうとして、俺の代わりに怒って、俺の代わりに、皆の恨みとか買う様な事して、全部、お前が俺の為にしてくれた事だろっ! 俺が弱いからっ! 俺が、そんな度胸ねぇって知ってるからっ! 俺がっ、情けないから……」


 俺の方が、颯太に信じられてなかったんだ。

 いつも、颯太は出来ない俺の代わりをしてくれた。

 それは酷く優しい行為だが、酷く残酷な行為でもある。だって、貴方はこんな事も出来ないんだなと、まるで言われている様なものなのだから。その度いつも、不甲斐ない、情けない、惨めだと思っていた。

 劣等感の塊だ。こいつがそんな事を気にするはずないとわかっているのに、思う心は止められない。


「お、お前だって強いだろっ! 俺みたいにヘラヘラしないし、いつもちゃんとしてるし、周りに流されないしっ、足だってめっちゃ速いしっ! 俺の為に、先輩達からパシらせられてるしっ!」

「……颯太、お前」

「全部知ってる。……あのさ、俺ってそんなに弱く見えるか? 情けなく見えるか? 頼りないか? お前は、俺の事守ってくれてるつもりなのは分かるけどさ、そんなの要らねぇし、嬉しくない」


 はっきりと、颯太は口にする。

 別に頼まれてやっていたわけでもない。感謝して欲しかったわけでもない。

 だけど、こう面と向かって言われると、自分の事ながら実に情けない。少しだけ、悲しいと思ってしまうと潤一は思った。


「俺さ、お前と一緒に山犬と戦った時、すげぇ楽しかった。怖かったけど、お前と昔みたいに駆け回れたって、嬉しかった。だからさ、このゲームを潤一と出来たら、潤一と同じクランを作ったら、俺達最強じゃないかって、思った」

「……俺も、颯太と一緒に戦えて、楽しかった。初めて、後ろ守ってくれる人間がいるって、何か嬉しくて、ほっとした。でも、それはきっと、颯太だから安心して任せられたんだと思う。だげど……」


 潤一が顔をまた伏せた。


「だけど、駄目なんだよ。先輩達が、いるんだよ……」


 颯太は、潤一の言葉に少し笑って、潤一の肩を叩く。


「だよな。俺まであいつらの玩具になっちゃうもんな」


 その為に、潤一はこれまで一人で我慢したんだもんな。


「颯太……」


 分かってくれるのかと思った瞬間、颯太が潤一の頬を殴る。

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