銃と剣 51
「でも、此れで金曜日に先輩達と会う事は決定っすね」
これ以上、アイテムを集めるのは無理がある。また新しく人を狩り、新しい鞄を手に入れるならば話は別だが、今日の潤一の行動を見る限り、矢張り交戦は最小限に止めている様に思う。
そんな彼が、鞄を入手するだけの為に人を倒す事などしないだろう。
だとすれば、潤一の方から先輩達にアイテムを引き取らせる連絡を入れるだろう。
潤一がログイン可能な日は部活動上、水曜日か金曜日に絞られる。そして、PIOを襲った今日が水曜日ならば、自ずと次に先輩と会う曜日も決まってくる。
この後直ぐに連絡を取って渡すと言う方法もなくはないが、颯太の知る限りでは潤一の携帯は一つ。知っている通り、ここのログインとログアウトには携帯の電池を大量に消費する仕組みになっており、ログアウト後はしばらくの間電源がつかなくなる。その事を踏まえれば、出てすぐに連絡、またアイテムの譲渡は携帯一つでは無理だろう。
「後は先渡しの時間と場所だね」
「前回は大須だったんだよな?」
「はい。前回は大須観音の境内でした」
「F、大須観音って解放エリアか?」
「大須観音はギリギリ違うかな。無法地帯だったはず」
「F、解放エリア外のログインポイントって覚えてるか?」
「自信ないな。幹部達呼んでこようか? あの子達の方が、ランキング上位狙ってるから詳しいと思うし」
「頼む」
「あいあいっ」
そう言うと、Fはすぐさまビルを駆け下りる。その姿を見送ったNは、くるりと颯太の方に顔を向けた。
「ルーキー君、覚えている限りでいいから、あいつらのログイン指定場所を教えてくれないか?」
「はい。まずは、白河公園入口近くにある、足の長い兎の像の前、伏見の白浪五人男からくり人形前、名古屋市公会堂前、そして、県庁前の交差点。俺が確認できたのは以上です」
「どれも解放エリア外っぽいな……」
それは、つまり。
「多分、アイツらは自分のエリアを持てていないと思いますよ」
「だろうな。Fの様な戦い方ならともかく、クラン全体でアイテムに頼る戦い方なんてしてる様じゃ、この世界で居場所を得ることは難しいと俺は思うよ」
「でも、アイテムは大切なんでよね?」
「大切だけど、資源としての価値の方が上だと、俺は考えてる。特にこんなゲームでは、アイテムよりも己の腕、知恵、経験の方が何よりも大切だ。アイテム一つで楽になる事はあっても、盤面を覆すのはいつでも、人の知恵や経験や実力。たまに運だろ。アイテム一つで覆せるなら皆それを使ってしまうし、結局、いつかは看破される方法が出てくる。結局は、アイテムはアイテムでしかないからな」
「……Nさんって、凄く大人っすよね」
アイテムはアイテムでしかない。Nの言葉の真意はきっと、颯太が今、最大限に考えている物事よりも深い位置にあるだろう。それほどの事を、Nは経験を経て得た知識、実力から学んだと言う事だ。
「突然だな。大人だよ。ルーキー君より、大分。おっさんだし」
「えっ。そんな事ないっすよね? めっちゃ若く見えますよ」
「それがそうでもないんだよなー。大体、俺、このゲーム始めた時から社会人だったし」
「えっ。このゲーム最近出来たものなんっすか? あ、……そう言えば、このゲームってどれぐらい前からあるんっすか?」
「あー。ベータ版は十年……、いや、八年ぐらい前からかな? オープン版になったのが、その二年後ぐらい?」
と言う事は、少なくとも彼は八年程前から既に社会人と言う事になる。
「……めっちゃ大人じゃないっすか!?」
正直、颯太はNはどこぞの大学生だと思っていた。社会人だとしても、新社会人と呼ばれるぐらいの年だとてっきり……。
「大人だってば。ま、こうやってゲームばっかりやってるから、大人って自分では全然思わないけどな」
「……全然見えないっす」
「マジで? お世辞言っても何も出ないよ?」
ケラケラと笑いながらNが颯太に両手を見せる。
「何、若い子に持ち上げられて、喜んでるんだか」
呆れたFの声が聞こえる。
「ルーキー君が俺の事若いってさ」
「あははは、ないないない。Nは若くない。誕生日は四月だし、若くない」
「四月生まれは関係ねぇだろ。で、他の奴らは?」
「連れて来たよ。と言っても、三人しか連れてこれなかたけど」
そう言って、Fは後ろにいる三人の幹部達を指差した。
「HとKとYか。十分だろ」
「Nさん、自分達をお呼びですか?」
「何でも言ってくださいねっ!」
「何かあったんっすか!?」
三人とも、食い気味にNに言葉を掛ける。その様子を茫然と見ていた颯太に、Fは笑いながら声を掛ける。
「うちのクラン員の中でNは憧れの存在だからね。皆いつも、あんな風なの」
「凄いっすね」
確かに、クランを家族に例える春風とは、まったく別の形態をPIOは持っている。
「そうだね。昔から人に好かれる男だったからなぁ」
「FさんもNさんの事好きなんですか?」
英雄王と呼ばれるぐらいだ。皆が憧れていても確かにおかしくはない。しかし、そのNと最も長い付き合いのあるFはどうなのだろうか?
Fも、Nに憧れ、また好意を寄せているのだろうか?
「……何その質問? 私とNが付き合う的な話?」
しかし、Fから返って来たのは意外にも呆れ調な問いかけであった。
「えっ!? いや、そう言うつもりは……」
少しだけ、考えていない事もないけれど。
「ないないっ。Nと私はそんな関係じゃないからね。皆、疑うけどさ、私はこのゲームをNと一緒に出来ればいいだけなの。恋愛とか、春風の所みたいな家族愛とかでもなくて、ただ、このゲームでNと一緒に遊びたい。それだけの関係だよ」
そう、Fは笑った。
「……それ、俺もわかるかも、です」
それは、とても颯太と潤一との関係に似ていた。ただ、ただ、一緒にこのゲームで遊びたい、駆け回りたい。アイツとなら、絶対に面白い。
「君と私、少し似てるかもね」
そんな颯太を見ながら、Fは呟く。きっと、颯太の耳には届かないぐらい、小さく、そしてまた、決して自分の様にはならないで欲しいと言う、自分勝手な願いを込めて。
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