銃と剣 42
颯太は呆然とただ、先輩達を見つめる。
何故、アイツらが、俺の名前を……?
最初とは。代りって。
断片的な言葉でしかないのに、潤一が何をしているのか、颯太は漸く理解をした。
全ての点と点が、結び付いたのだ。
「で、黒川ぁ。お前辞めんの?」
「……や、やりますっ! やらせて、もらいます……っ」
ここから辞めれない。この行為を止めれない。ここから抜け出せない。最早、潤一自身も、この底が見えない沼からどうしていいかなんてわからない。
でも、止まる事なんて出来ない。
ただ、止まったら自分じゃなくて親友が自分の変わりになるのだけはわかる。だから、彼は止まれない。
「あ、本当ー? 黒川マジで俺達の事大好きだな」
「俺も黒川の事大好きだわ。都合良くて」
「良かったな、黒川ぁ。俺達が飽きるまで、お前の事使ってやるからな」
志賀の代わりに。
まるで、潤一に釘をさす様な言葉を浴びせながら先輩達は笑う。
「じゃ、俺達帰るからよろしくねー」
「また場所メールするわ。それてまでに各百個ずつ用意なー」
「じゃあねー。お疲れ様―」
三人がいなくなった、その空間で潤一は一人立ち尽くした。
そして、颯太は静かに消えた先輩達から銃口を潤一へと変える。
好きで、見ず知らずの人たちを、ルールを破って倒してるんだよな。
好きで、アイテム集めてるんだよな。
好きで、あんな、屑みたいな先輩達にその集めたアイテム渡してるんだよな。
皆、お前が好きで、勝手にやった事なんだよな。
なあ、潤一。
銃を握る手に、雨も降っていない夜空から雫が落ちてくる。それは些か、塩っ辛くて、些か、暖かい雫だった。
「……馬鹿野郎」
絞り出した声は震え、涙の膜で標準は歪む。
それで、俺の事、庇ってるつもりなのかよ。
俺の代わりに、身代わりなんかになって、俺を守ってるつもりなのか。それとも、恩を、売ってるつもりなのかよ。
馬鹿野郎。
今度は声すら出なかった。
一言、俺に言えば済む話だろ。一言、俺に言えば……。
今までずっと、潤一は颯太を守る為に耐えて来た。それこそ、死の痛みから、罪悪感まで、全て。親友である颯太に、自分の様な思いをさせない為に。そんな潤一に対して、颯太は何度も心無い言葉を浴びせた。
知らないからと言う理由で、何度も、心の中で思ったり、口に出したり。きっと、潤一を深く傷つけただろう。でなければ、潤一はあんな顔なんてしなかった。
思い出すのは、あの時の、最後の顔。
親友だと思っていたのは、俺だけなんだなと言った時の、酷く傷ついた顔。
しかし、潤一は何一つ否定すらしなかった。何一つ、言ってはくれなかった。何一つ、何一つもだ。もう、お前の事を信用できないと、彼は言った。だけど、本当に信用していなかったのは、潤一の方じゃないのか。
信頼してもらえないぐらい、守らねばならないぐらい、潤一にとって自分はお荷物なのだろうか。
颯太は、震える手で、銃を握る。
あの先輩達よりも、自分を信じてくれない潤一に、何も言ってくれない潤一に、自分を認めてくれない潤一に腹が立つ。しかし、それ以上に弱い自分に、信じてもらえない程弱い自分に、彼は腹が立った。
本当に撃ち抜かなければならないのは、先輩でも、潤一でもない。
まずは自分自身だと、颯太は銃を見る。
彼は今から、他人に痛みを与える覚悟を持つ。あの山犬の時みたいに偶発的ではなく、颯太から、故意的に。だからこそ、痛みを知る覚悟を持つ。
颯太はゆっくりと自分の頭に銃を向けた。
怖い、痛い、怖い。
痛みを受けた者は、痛みを与えた者を決して忘れない。絶対に、絶対に。
じゃあ、俺は俺を忘れないな。颯太はそう笑って、マスクと眼鏡を外した。潤一が守らなければならないと思うほど、弱く情けない俺を、友達一人守れない俺を。俺は二度と忘れない。
満月の夜、乾いた音が辺りに響いた。
「音……?」
潤一が音に驚き上を見れば、ただただ、赤い液体が雨の様に地面に垂れていくのが見える。人影はもう、何処にも無い。何か、戦いでもあったのだろうか。ここら辺は、解放エリアでもなく、無法地帯だ。いつどこで、こんな事が起きていても不思議ではない。
きっと、この赤い液体の持ち主も、あの途方もない痛みを伴いあの世界へ戻って行ったんだろう。一瞬とは言え、その苦痛は絶望以外の何物でもないのだから。
だからこそ、颯太にはだけは味わってほしくないのだ。
あいつ、凄く怖がりでビビりで痛がりだからさ。
俺が、やらなくちゃ、いけないよな。
他人の為に怒れるぐらい、優しい親友の事を思い浮かべながら、潤一は笑う。きっと、向こうは、もう俺の事を親友だとは思ってくれてないだろうが、俺は一生、お前の事を大切な親友だと思ってる。
潤一は、颯太が今、何を思い、何の決意をしてまで、潤一が決して望まなかった痛みを受けてまで、自分を変えようとしているのか、知る由も無い。
潤一は、颯太の事を何も知らない。颯太と違って、推測を嫌い目の見える真実のみを彼は好むからだ。
だからこそ、二人のすれ違いは加速する。何でも語り合えた昔では、あり得ない事が起こっていく。
ただ、二人を慰める言葉があるとすれば、物事はいつかは収束を始め、一つに集約されていく。
それが神の作り出した世の常だと言う事だろうか。それは、二人のこの歯がゆいすれ違いもまた、例外ではないと言う事。
つまり、終着の地はそう遠くないと言う事だ。
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