銃と剣 41

 颯太は不安げに潤一を見る。

 なんだ、お前までヘラヘラと笑わないよな……? 

 そんな事を願いながら。

 

「あの、クラン戦、普通に戦いませんか?」


 潤一が口を開いて出た言葉。

 それは、提案だった。


「これだけアイテムもあって、皆で戦えば、クラン戦、結構いい所まで行けると思うんですけど……」


 それは、余りにも正論で実に正しい提案であった。

 いつまでも、辻斬りをしてはいられない。辻斬りである潤一自身が確信を持って見える未来だ。


 まずは、颯太にバレた。これで何処から情報が流出しても可笑しくない。


 これは、颯太が自分自身を嵌めようとしての行動ではない事を潤一は知っている。

 あの男はきっと、潤一の為に、潤一を止めるために、何か動いてくる。

 颯太が今席を置いているのはPIOだ。PIOの団長、副団長である英雄王と妖精王に颯太が力を借りようとしてもおかしなくない。彼らはこのゲームの中では強さも人徳もある。信頼出来る人物と言って良い。

 颯太が選ぶのならきっと、この二人だろう。

 

 次に、辻斬り討伐隊の噂だ。本人の耳にまで届くのだから、程度は本気で辻斬り対策に乗り出そうとしている。


 一番の問題は山犬が討伐隊を結成していると言う事。

 山犬が動くと言う事は他の上位クランだって辻斬りを警戒し、山犬の様に潤一を探している可能性は高い。流石に、いくら潤一が強いと言えども奇襲でもなければ、たった一人で上位クラン達に勝てるはずがない。

 対策を取られている時点で、この作戦は既に終わっている。

 混乱のない団体なんて、ただの数の暴力だ。その数の暴力が、既に出来上がろうとしている。

 

 もう、こんな事が出来る時間なんて何処を探してもないのだ。


 きっと、先輩達にだって、そんな事などわかっているはず。

 わからないわけがない。

 普通に考えれば、この作戦が時間制限付きである事など最初から、わかっていたはずだ。だから、彼らは言わざる得ないのだ。


『そうだな、一緒にクラン戦を正々堂々戦おう』


 と。潤一に対して手を伸ばすしかないのだ。

 それ以外の選択肢がないと言う事を。

 しかし、聞こえて来た声は耳を疑う様な答えだった。

 

「嫌だよ。死ぬの痛いじゃん。お前一人で死んでろよ」


 潤一は目を見開き、信じられないものを見るように目で先輩達を見る。

 颯太は音もなく銃を抜いた。

 アイツらの頭に何発でも食らわせてやりたいと、心の底から思った。

 殺せるなら、いくらでも殺してやる。

 殺すのが怖いなど寝言なんて何処にもない。

 死ぬのが痛い。

 それいが嫌。

 

 ならば、何故、潤一に同じことをやらせているのだっ!

 何故、山犬やら『王』達と戦えと言うのだっ!


 ふざけるなよ。人を馬鹿にするのも大概にしろっ。

 怒りの余り、銃を持つ颯太の手が震える。それでも、それでも俺はアイツらを……。

 しかし、その手を、潤一の声が抑える。


「……それは、相手も同じなんじゃ、ないっすかね」


 それは、凛とした声だった。

 自分が痛ければ、相手だって同じだけ痛い。どちらかのみと言うのは、おかしい。相手が痛い分、そのリスクを払わないのなんて、泥棒と同じであると、潤一は思う。

 一般的に言えば、彼の言葉はとても正しい。

 完璧な正論である。痛みを受ける覚悟があるからこそ、他人に痛みを与えられる。その覚悟がないなんて、言い訳にしかならない。痛みを覚えた方は、痛みを与えた者の顔を二度と忘れないのだから。

 

「……」

 

 潤一の言葉に、颯太は目を閉じ、その言葉を聞いて、銃を下ろす。

 そうだ。

 あの先輩達に、痛みを渡すのは自分の仕事ではないと、潤一の言葉で颯太は思いとどまったのだ。

 それは、痛みを与えられた人間の仕事。

 ここで闇雲に憎さを抱いている第三者の仕事ではないのは明白。

 しかしながら、当の本人たちの胸に、その言葉が届くかと言ったら別の話である。

 

「黒川、お前何言ってんの?」


 笑い声が起こる。

 

「相手の事なんて知るわけねぇだろ。アホかよ」

「大体、弱いから死ぬんじゃねぇの? 弱肉強食っしょ」

「そうそう。相手なんて知らねぇよ大体、殺してんの、黒川で俺達には関係ない話じゃね?」

「あはははは。そうじゃん、黒川好きでやってんだもんな」


 その言葉に、颯太は顔を上げる。

 これは、この前、潤一が颯太に向けて言った言葉。

 本当に、これは潤一の意思なのか? 本当に、潤一が好きでやっている事なのか? 信じられなくなる言葉に、顔を歪ます。

 でも、俺は、やっぱりお前を信じたいよ……。


「なあ、黒川ぁ。文句があるなら辞めればいい。俺達は別にお前に無理強いや意地悪してるわけじゃねぇだろ? ただ、お前が人を倒して、アイテム掛き集めるのが好きで、尊敬する俺達にどうしても受け取って欲しいって、お前が頭下げたから付き合ってやってるだけだろ? なぁ」


 潤一は拳を強く握りしめて、耐えるように目を閉じる。

 ああ、どうして。

 どうしてこいつらは何もわからないのか、変わらないのかっ!

 そして、どうして自分は変わらせる事が出来ないのか……。


「……はい」


 潤一の口から絞り出すような声が聞こえた。

 そう答えるほかない。今、もし、潤一が口答えをしたらどうなるか。

 彼らは潤一から颯太にターゲットをすぐさま切り替えるだろう。

 だからこそ、潤一にはその言葉しか許されてないのだ。


「あはははは、はいだって! クソ笑えるわ。最高過ぎだろ」

「お前、俺達優しくて良かったな? マジで一瞬、殴ろうかと思ったわ」

「当たり前だろ。俺達めっちゃ優しいし。それに、黒川辞めても、代りはいくらでもいるんだしな。お前の親友とか。いやー。俺達いい先輩過ぎるわ」

「お、遂に志賀君登場ですか? 黒川が遂に親友を売るのかー」

「黒川の代わりに志賀かよぉ。完全に下位互換過ぎだろ。使えなかったらどうすんの? ま、最初の計画は志賀だったけどさぁ。今、こんなに優秀なアイテム集め機手に入れちゃったから、俺、ちょっとやそっとじゃ満足しないよ?」

「は? そんなもん決まってるじゃん。そんなもん関係ねぇし。ノルマ超えなきゃ、志賀自身が俺達の欲しい物ドロップするまで死ぬしかねぇだろ」

「うっわ。マジ鬼過ぎる」


 大きな笑い声を出す先輩達を、颯太は呆然と見つめた。

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