銃と剣 39

 結局、あれから、颯太は家に着くまでずっと、その事ばかり頭が回る。

 颯太には、楽しい思い出しかない。

 当たり前のような、家族の様な、ずっとこのまま仲良くて、大人になっても、それは変わらないでいて、当たり前のようにバカして、騒いで、遊んで、下らないこと喋って。

 何処にも寄らずに家に帰るなんて久々で、たた、ベッドの上で天井を見上げる。この部屋で一緒にゲームをやってた。すげぇ笑いながら、二人で熱くなって、喧嘩して、騒いで母親に二人で叱られて。


 それもアイツは無理に合わせてくれていたのか。


 もう、何が本当で何が嘘かわからなかった。

 ただ、ただ。颯太の前には暗闇が広がっていた。

 メールの時間が近づいてきているのに、颯太は動こうとしなかった。もう、何もしたくない。アイツがどうなろうが、俺には関係ないのだと、時計に背を向ける。

 嘘でも、否定して欲しかった。

 

『そんな事はない』


 と、潤一の口から言って欲しかった。

 アイツがいれば、何でも楽しくて、何でも出来たのに。現に、二人でなら、あの山犬達からだって逃げれたじゃないか。自分は銃の引き金を引けた。

 けど、アイツは俺がいなくても……。

 颯太はくしゃりと自分の手で顔を覆う。

 止めよう。

 考えるのを止めるのだ。気晴らしに、何かゲームでもやろう。あいつがいない、何処かのゲームで。何か、やろう。アイツが例え、先輩に脅されていようが、辻斬りをしてようが、俺には……。

 ふと、颯太は止まる。

 

「……先輩に脅されて? ゲームで辻斬りをして、アイテム集め?」


 先程の考えに、颯太は自分自身でストップをかける。

 待て。確かに、あのメールの、とてもじゃないが仲が良さそうには見えなかったぞ。

 いや、その前に、過去に遡っても普通の会話をしたメールさえもなかった。何でだ? 最近連んでるんだろ? それとも、普通の会話ならメールか電話で済ますからか?

 

「……いやいやいや。それは可笑しいだろ……っ!」


 ならば、何故あのメールすらそれで済まさないんだ。

 しかも、毎回、メールで? 先輩達から指定で?

 メールに書かれていた時間はどれも遅い時間だ。夜に呼び出される必要があるのか? 潤一も先輩も同じ学校である。わざわざ場所を移動しないと出来ないのか? 何で? わざわざ場所だって、毎回変えて。

 場所に統一感は特になかった筈だ。全てが名古屋市の何処かと言うだけ。

 だけど、指定の仕方が、特定の場所、大須観音は違っていたが、時計前やら、像の前やらが嫌に目に付いた。場所的に、そんなに人がいる場所でも無いにも関わらず、目印として指定しているのか、これとも……。

 

「ログイン場所……」

 

 あのゲームのログイン場所は、特定の場所でが原則である。例外はあれど、多くのログイン場所は、あのメールに書かれていた様に、特定の、例えば時計やらオブジェ前やらが多い。もし、書かれていた場所全てがあのゲームに繋がるログイン場所だったら……。

 

 全てが繋がる。


 学校では、出来ない。夜にしか、ログイン場所に行けない。自分達の占拠エリアが無い為、毎回ログイン場所を変える必要がある。もし、先輩たちに脅されて辻斬りをしているならば、話は合う。

 PIOの人たちが言っていた、弱いクランこそ、アイテムを欲しがると。無差別に自分が使いもしないアイテムを何故潤一が掻き集めているとすれば?

 潤一は馬鹿が付くぐらい真面目で、岡崎が言っていたみたいに正義感や責任感が強くて、誰かのために簡単に自分が犠牲になる奴なのだ。自分から、決して、あんな事をする奴ではない。そんな事、誰よりも颯太自身がわかっている。だからこそ……。颯太はベッドの上から身体を起こす。

 

「まだ、行けるっ」

 

 時間は、十分間に合う時間だ。

 もし、本当に、そうだとしたら……。

 皮肉にもそれが、一番最悪で、一番納得のいく、答えである。


「母さんっ、俺ちょっと出かけてくるっ!」


 颯太はベッドから立ち上がり、ゲームにログインする為の用意を手に取り、家を飛び出した。

 しかしながら、大須観音と一口で言っても、大須観音と言う地下鉄の駅なのか、それともそのまま大須観音の敷地を指すのか。FやNなどに聞けば、どちらがログイン場所かわかるのだろうが、今やそんな時間はない。それに、あの二人がリアルの連絡先を教えてくれるわけもなく、現状聞くことは不可能だ。

 とりあえず、駅に、駅にいなかったら、寺にっ。

 颯太は駆けだした。

 

 

 

 大須観音駅に着いたのは八時二十三分頃。先輩や潤一の姿もなく、人通りも多い。改札まで出たが、姿はやはりない。

 だとすると、やはり地上。颯太は二番出口の階段を駆け上がり、大須観音の敷地内に入った。西門から中を覗けば、人影は疎ら。どこにも先輩達や潤一の姿はここにもない。

 まさか、違うのか? 全ての予想は、ただの颯太の杞憂だったのか……?

 しかし、そんなこそ、それこそ都合のいい夢だとは思わないだろうか?

 息を切らして、境内を見渡していると、聞き覚えのある声が聞こえてくる。左に顔を向ければ、仁王門の方面に、見た事のある鞄がチラリと見えた。

 

「っ! ……居たっ」


 颯太は注意を払って静かに仁王門の方へ向かった。仁王門の向こうには、潤一の姿がある。

 とてもじゃないが、これから遊ぶ雰囲気には程遠かった。

 もし、本当に、この件がゲームと関係があるとしたら……。

 颯太は携帯に、あのアドレスを表示させる。

 出来れば、ログインに失敗して欲しいと願いながら、アドレスをタップさせた。

 

 大須観音、日本三大観音の一つで、本尊は正観音。また、大名古屋十二支の総括であり、尚且つなごや七福神の布袋像まである有難い場所である。今まで悉く颯太の可愛らしいくも細やかな願いは断られ続けて来たんだから、ここでぐらい叶えてあげてもいいのではないかと思う。

 

 しかし、神も仏も愛を持って人に試練を与えるものだ。

 だとしたら、これは愛の証拠かもしれない。神様達からの。

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