銃と剣 32
颯太はマスクを外し、眼鏡を取る。ここには、潤一と颯太しか居ないのだから。
今度は、潤一がまるで信じたくないと言わんばかりの顔をして、颯太を見ている。
全く以って、皮肉なものだ。
「お前、何で……、何でこのゲームにいんだよ!!」
それは、悲鳴にも似た潤一の叫び声だった。
「お前、何で!? 馬鹿なのか!? 何でここにいるんだよ! お前みたいな奴が、一番、いちゃいけない、ゲームだろ……っ。このゲームはっ!! お前みたいに、まっすぐな奴が……」
潤一の声が、次第に小さくなる。
彼は、いつになく、辛そうな顔していた。まるで、颯太があの部活から去った時と同じ顔を。
今も彼の前でしている。
「潤一、お前だって……」
何をしているんだ。そう、言いかけた瞬間、潤一と颯太の間に亀裂が走った。
「っ!? な、なんだっ!?」
二人とも後ろに飛んで、橋の近くにあるビルの上を見た。
そこには、赤い着物に、大鎌を持ち、犬と書かれた白い布で顔を隠す女が立っていた。いや、大鎌女だけではない。大鎌女の後ろに、同じ着物を羽織り、犬と書かれた白い布で顔を隠す女達が数人立っている。
手にはそれぞれの武器を持ち、颯太達を見下げていた。
「山犬!?」
こんな時に!?
颯太は思わず叫ぶが、彼女達は颯太の方を一向に向かず、潤一だけを捉えている。
「辻斬り、見つけた」
そう呟いた大鎌の声を合図に、彼女達は次々に潤一へと向かって降りてくる。
「馬鹿!早くマスクしろ!」
潤一は颯太にそう叫びながら、飛び降りてくる女達の攻撃を流す。
颯太は急いでマスクと眼鏡を掛けて、潤一は達の姿を追うが、颯太もそれどこではない。
「ドブネズミ、見つけた」
颯太の後ろから、声がする。
振り返れば、あの時の大鎌女だ。
いつの間に。そんな疑問なんて考えてられないほど、颯太は女から飛び退き距離を取る。
「逃がさないよ! あの時の屈辱、返させて頂く!!」
どうすれば逃げ切れる!? 今はFもNもいない。助けてくれる人は皆無だ。逃げ切れるのも限界がある。今からPIOのエリアに向かっても、ふーちゃんが言ったように距離が距離だ。追いつかれて倒されるのが関の山だろう。
どうすれば……。
颯太が思考を巡らせている瞬間、大鎌女の顔面に、潤一が横から蹴りを入れる。
「逃げろ! こいつらを相手にするな!!」
潤一は颯太にそう叫ぶ。
おいおい、嘘だろ? さっき迄辻斬りして奴が、何で俺を助けようとするんだよ。
一体、何なんだよ、どうしてなんだよ。
颯太の目の前には、昔の、いや、何時もの。
志賀颯太の親友である黒川潤一が居るのだ。
「じゅん……」
「馬鹿野郎っ! トロトロすんなっ、早くしろっ! こいつは……」
「……二人とも、逃すわけないでしょ? 邪魔をするなよ、ドブネズミ野郎」
ゾッとするような冷たい声が、大鎌女から聞こえる。
潤一の蹴りなんて効いてはいない。蹴りをうけたまま、女は鎌を構える。
すぐ後ろには山犬の双剣使いが、潤一目掛けて飛び降りているが目に入るではないか。潤一が、このままでは殺される。
颯太は無意識に、腰の銃を抜いた。構えなどしならない。狙い方なんて聞いたことがない。しかしながら、無意識に、双剣の山犬の眉間を標準を合わせる。
引けなかった、重かったはずの引き金が、簡単に指に押された。
「お前らこそ、邪魔すんなぁぁぁっ!!」
耳を劈く発砲音が辺りに響く。
「っ!?」
銃を撃った反動で身体が反りそうになる。
撃ち抜かれた双剣の山犬は、武器を落としてそのまま地面に落ちて消えた。
つまりは、強制ログアウト。
「……」
辺り一面が静寂に包まれ、動きを止める。
「……ガンナー?」
山犬の誰が呟いた。皆が颯太の武器を見つめる。颯太が選んだ武器は銃だ。銃は銃、それ以外ではない。
すぐ様動いたのは大鎌の山犬だ。
颯太は大鎌の山犬目掛けてトリガーを引く。しかし、いち早く動いた彼女にはやはり当たらない。
「あいつら、グルなの?」
「遠距離がいるのか……」
「煩いわよ! 誰が、何がいようが関係ない!姫様の命は絶対でしょ!」
山犬から声が上がるが、それを大鎌が一喝で黙らせる。
「銃だろうが、何だろうが、殺せば消える、そうでしょ?」
酷く冷たく、冷静な声。
山犬達ははっとし、口を閉じて武器を構える。空気が変わった。それも、颯太達にとっては最悪な方に。それはさながら、統一された軍隊の様だ。
「……おい、お前は逃げろ。さっきのはまぐれだ。あの鎌女に素直に銃なんて当たらねぇ。俺が時間を稼ぐから、お前はすぐに……」
潤一は颯太の方を振り返らずに、言葉を紡ぐ。あの痛みを親友に、どうしても味わって欲しくないと、彼は今も思っている。
しかし、それは颯太も同じだ。颯太は頭の中で潤一が生き残る方法を考えている。お互いが、お互いの為に。
やはり、昔から、2人は何一つ変わっていないのだ。
「……俺は、絶対にログアウトはしない」
「はぁ!? お前、こんな時に……!」
「違う。策がある。お前も、俺も生き残る。お前は、鎌女だけを狙え。それも、派手に」
振り向かずに、潤一は目を見開いた。
だって、二人で生き残るだって? 思わず笑いそうになる。自分では、考えもしなかった。
颯太はそのまま鎌女を見て、思考を張りめぐらさせる。
先程の発言、行動、このチームの行動は全てあの鎌女の言葉によって統一されている。
しなしながら、頭を狙って簡単に狩れる相手じゃない。だが、あちらはチームでの行動だ。双剣の女の行動を見る限り、双剣の女は少なくとも、潤一と共にあの大鎌に切り裂かれる距離に飛び込んでいた。
多分、それは潤一の退路を奪う為。あの山犬達は、自チームのメンバーに倒される事は覚悟の上で犠牲にも近い戦い方。
よくよく考えれば、最初も大鎌以外の山犬が降りてきた。憎き颯太がいたからこそ、大鎌女がこちらに来たが、本来ならば大鎌女は他の山犬諸共、潤一を切り裂くつもりではなかったのだろうか? そこから導き出せる答えは、全ての攻撃の元は、大鎌女にあるという事。
「俺の作戦、のっかるだろ?」
「……」
潤一は返事をせずに、ただ、構える。
それは、了承という事だ。文句があれば口から出る。それぐらい、お互い言わなくてもわかるぐらいに一緒にいたのだから。
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