銃と剣 31

 二人は顔をあげて、悲鳴が聞こえた方向を向く。

 名古屋駅方面、堀川側。

 

「一体、何が……?」


 ふーちゃんは、怪訝な顔をして武器を手に取る。

 ここら一体は、春風のエリア。野良同士が日夜飽きずに戦っている無法地帯からは随分と遠い。

 なのに、悲鳴が聞こえた。その事に、ふーちゃんは警戒している。

 

「……まただ」


 また、誰かの悲鳴。

 そして、また、誰かの悲鳴が聞こえてくる。

 

「誰かが、戦っている」

「奇襲か?」

「まさかっ! うちのエリアでの奇襲なんて今まで聞いた事がないですよ!」

「今迄そうかもしんねぇけど、でも、この悲鳴は……っ」


 耳を割くような女性の悲鳴。

 春風は女性が多いクランでもある。

 

「ふーちゃん!」


 颯太の声に、ガスマスク越しの瞳が覚悟の色を宿す。


「……そうですね。ルーキーさんがおっしゃりたい通り、どう聞いても、春風の誰かの悲鳴ですっ」

 

 ふーちゃんの言葉に、颯太はゴクリと喉を鳴らす。この感覚、このタイミング、あの時と同じだ。

 PIOが、辻斬りに、潤一に襲われそうになった時と。


「誰かがうちのエリアに奇襲をかけてきている!」

「どうする? 誰か強い人を呼ぶか?」

「なっちゃんとまるちゃんが居ない今、うちのクランに飛びぬけて戦術に長けている人はいません。強い人を呼ぶとなる……」

[PIOっ!」

「Fさん達ですか? でも、流石にPIOのエリアは遠すぎるっ!」

「じゃあ……」


 二人が言い合ううちに、また新しい悲鳴が立つ。


「今の状況、誰かを待っている程悠長な事はしてられないですっ!」

「いや、でもっ」


 相手はあの辻斬りだ。

 あの、辻斬りなのだ。

 

「自分は、行きますっ! これ以上仲間たちを見殺せないし、このエリアを守る義務が、僕にはありますっ!」

「ふーちゃん……」


 しかし、ふーちゃんはここに来て三か月程度の初心者。

 あの辻斬りは、ベータ版からここにいる熟練者のFとNを一時的ではあるが圧した程の手練れだ。

 実力の差はあまりにもある。

 しかし……。

 

「ルーキーさんは、そこに!」

「いや、俺も行く! 多分、相手は、辻斬りだ!」


 今はそんな事を、打算計算している場合ではない。


「辻斬り!? あの、噂の!?」


 ふーちゃんまでもが知っている程、この世界内で潤一は余りにも有名なのかと、颯太は思う。

 余りにも、悪評で、余りにも、それは許される行為ではないということだ。

 残念ながら、その悪事は今もなお、続いているのだ。

 

「っ!!」

 

 悲鳴の場所に二人は足を踏み入れれば、息を呑むしかなかった。

 そこは、見事なまでの赤、赤、赤。

 僅かに残ったクラン員達が必死に弓矢を向けるが、団長のいない中での奇襲に耐えきれる程の統一は取れていない。辻斬りは刀を構え、低い体勢を取り、飛んできた弓矢を叩き落としながら、団員たちの心臓を切っていく。

 その様を見て、ふーちゃんは自分唇を噛み締めた。

 その無残たるや、地獄である。自分達の楽園である、自分達のエリアが。

 絶対に許さないと、彼は大剣を握り構える。

 

「……ここは、僕が行きます。貴方は、早くログアウトを!!」


 彼は振り返ることなく、颯太にそう言えば、担いだ大剣を抜き辻斬りに向かっていく。

 辻斬りに気を取られていた颯太は、彼の動きを見落としていた。


「ば……っ! 違う、やめろ、それじゃダメだ!!」


 颯太は届かない手を必死に思い出彼に伸ばす。

 辻斬りの強さは低い体勢からの素早い抜刀術。

 いくら彼が強くても、大剣である彼の武器との相性が悪過ぎる。彼のがら空きの懐を守る手立てがなければただ、切られるだけだ。

 颯太は、必死に何かを探す。銃は、無理だ。辻斬りに当たるより、的がでかい分彼に当たる可能性の方が遥かに高い。

 銃なんて初めての颯太は狙いを定める事など出来ないだろう。

 そんな事になれば、それこそ、目も当てられない結果だ。彼は急いで、下に落ちていた小石を拾い上げ、辻斬り目掛けて投げる。少しでも、気をそらせば……。元々野球をやっていたこともあり、ボールのコントロールには自信がある。

 その自信通り、辻斬りに石は届いた。

 その結果、辻斬りが颯太を見る。

 やった! 狙い通り、彼から気がそれた!


「今だ! 叩き込め!」


 彼が高く振り上げた大剣が振り下ろされる。

 たとえ一撃を受け止め防いだとしてもたとしても、重さで、刀や鞘などへし折れ、大剣は辻斬りに届くはずだ。

 性格に言えば、はずだった、だ。

 その颯太の目論見はとても甘かった。まるで、砂糖菓子のように。

 辻斬りは防ぐ事などせずにそのまま、大剣をもっている彼の腕を鞘て捻る。大剣は重くて硬いが、彼の腕は、そうではない。方向が逸れた大剣は、辻斬りのギリギリ横に振り下ろされる。

 そして、辻斬りは飛び上がり彼を斬った。

 彼の胴が二つに、綺麗に引き裂かれる。

 

 強制ログアウト。

 

 次に辻斬りが見たのは颯太だ。ログアウトなんて、きっと間に合わない。踏み込みからの抜刀術を躱すことも見切る事も、今の颯太には難しいだろう。

 倒されるしか出来ない。

 颯太は目を閉じる。

 何で、お前はこんな事をしているんだよ……。どういう意味があって、こんな、お前らしくもないことをしているんだよ。何で……。


「何でだよ、潤一」


 颯太の言葉に、辻斬りの動きが止まる。あと少しで、刀は颯太まで届いたのに。


「……そう、た?」


 辻斬りから、潤一の声が聞こえる。ああ、本当に、彼は潤一だったのだ。分かりきってたことなのに。

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