銃と剣 30

 それから、何日か過ぎた頃、颯太はFとNの勧めで比較的安全なクランの見学に行かされる。

 ここにしかいないとなると、良さも悪さもわからないだろうと、同盟のクランを紹介された。



 その名もクラン・『春風』。



 確かに名前を聞く限りでは安全そうなのだが、彼らのエリアである名古屋駅から堀川を超えた当たり、錦橋通り沿いにあるホテル前で、颯太は立ち尽くした。

 ずらりと並んだ春風と白い文字で書かれたガスマスクを被った人達。全員迷彩色のフードで頭は完全に隠してある。

 明らかに、不審人物達。手には弓など遠距離戦特化型の武器が握られている。

 颯太が思わず両手を上げて立ち尽くしていると、一人の男が前に出た。


「君が、Fが言っていたルーキー君だね。今日は」

「こ、こんちは……」


 何とも格好に似合わず、名前通りに爽やかな声だろうか。


「僕は春風の団長、なっちゃんだよ」


 なっ、……ちゃん!?その外見で!?ちゃん!?

 思わず颯太は自分の耳を疑わずにはいられなかった。

 だって、ガスマスクに迷彩フードだぞ!? 処刑人ですって言われた方が納得できる風貌ではないかと、颯太はこの時心の中で叫んではいたものの、怖さの余り無言で何度もコクコクと頷いている。

 全く以って、ビビりめ。


「ここにいるのが、クラン、春風のメンバー。春風は主に遠距離戦特化クランなんだー。右端にいるまるちゃんとふーちゃんの2人以外は皆んなクロスボウやら和弓やらの弓を使用して戦ってる」


 そう言うと、右端に立っていた2人、なっちゃんに従うならば、まるちゃんとふーちゃんの二人が一歩前に出て、颯太に礼をする。悪いがとてもじゃないが、ちゃんなんて言う外見ではない。少なくとも、二人とも颯太よりはデカイし胸板も太く、強そうであることはよく分かった。

 一体どんなクランなんだ……。ここは。


「君はダブルハンドガンのガンナーなんだよねぇ。遠距離戦特化型クランである僕らにも、君との交流はいい刺激になると思う。今日は自分の家のように寛いでいてくれればいいよ」

「は、はい……」


 自分の家でも、こんな怪しげな集団がいれば寛げないと思うが……。


「じゃあ、今日1日よろしくね。皆んなも、礼!」


 なっちゃんの掛け声と一斉に、ずらりと並んだガスマスクの集団が深々と頭を下げる。

 威圧感というか、なんと言うか……。


「じゃあ、皆んなは解散! ふーちゃん、ちょっと来て」


 ふーちゃんと呼ばれた男が、なっちゃんと颯太の近くに歩いてくる。


「ルーキー君を案内してあげてくれるかな。僕とまるちゃん、あ、まるちゃんはここの副団長ね。僕達二人は用事があって、今から少しログアウトしなきゃダメなんだ。後はふーちゃんに任せるから安心してね。多分夕方には戻れると思うから、それまでいてくれたらまたゆっくり話そう。じゃ、よろしく」


 そう言うと、なっちゃんはまるちゃんの方へ歩いて行き、少し話してから二人でログアウトしていった。

 何と言うか、その風貌に似合わず本当に春風の様な人であると、颯太は思った。


「あの、えっと、ふーちゃんさん、よろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくです」


 颯太が笑いかけると、ふーちゃんと呼ばれた大男はまたペコりと丁寧にお辞儀をする。

 外見が分からないだけに、意外と言うのは的外れかもしれないが、いかつい体格をしていると言うのに意外と声は優しくまだまだ若々しい。


「ルーキーさんはPIOからのゲストなので、歓迎します。PIOとうちとは昔から同盟クランなので」

「そうなっすか?」

「Fさんから何も聞いてないですか? Fさんとまるちゃんは古くからの友人で、なっちゃんとも知り合いの様です」

「え、知らない」


 そんな事など、何一つ聞いてなどいない。


「PIOのNさんとFさん、うちのなっちゃんとまるちゃんはこのゲームのベータ版からのプレイヤーで、古参組なんですよ。昔は一緒にクランを組んでいたらしいです」

「……ベータ版?」


 つまり、試作段階がこのゲームではあり、その時既にNとFは参加していた事となる。

 それも初耳だ。

 確かに、F自身自分でも古参と言っていたが、まさかその時からだとは。


「はい。自分は登録して間もないので詳しくは知らないですが、そう聞いてます」

「え、最近なんですか?」


 昔からいそうな風格ですねとは、流石に失礼だろうとなと、颯太は言葉を呑み込んだ。


「はい」

「偶然っすね。俺も最近登録組ですよ」

「そうなんですが? 自分は三か月程前に。ルーキーさんは?」

「いや、本当に最近で、二週間も経ってないっすよ」

「そうなんですか。では、自分の方が先輩ですね。何でもお聞きください。自分でわかる範囲であれば、なんでも答えますので」


 ガスマスクのガラス越しの目は鋭いのに、酷く優しい声を出す男だ。

 見た目は確かにどの連中よりも怪しいが、誰よりも皆礼儀正しく、優しかった。何となく、颯太は案内をしてくれる彼と自分は歳が近いのではないかと思いながら、二人は沢山の話をしながら、エリア内を歩く。

 二人で歩いてるところを見かけては、春風のクラン員が物珍しい銃について颯太に声を掛ける。

 驚いた事に、FとNの二人とし違って皆一様に銃のデメリットについて詳しかった。よくよく考えれば、遠距離を選ぶ者達だ。颯太と同じく銃について聞いていてもおかしくはない。


「ここのクラン……、えっと、春風の皆んなって優しいですね」

「ええ。皆優しい人たちなんです。そう言えば、ルーキーさんはまだクランを選ばれていないとか。PIOには入らないんですか?」

「いや、入りたいんっすけど、Nさんが中々うんと言ってくれなくて……。クランを決めるのは大事なことだから、ゆっくり選びなさいって言われました」

「Nさんらしいですね」


 ガラス越しの目が、マスクまたも優しく笑う。


「Nさんの事も知ってるんですか?」

「はい。自分を拾ってくれたのが、Nさんなんです」

「え?」


 思わず、颯太の声が跳ね上がる。

 

「恥かしい話ですが、実は自分、知らない女性に騙されてここに登録しまして……。最初は無残にもあっさりと狩られてしまったんですが、本当にあれは夢ではなかったのかと確かめたくて、もう一度ログインしたんです。その時に声を掛けてくれたのがNさんでした」


 こんな偶然があっていいのか? あんぐりと口を開けながら、颯太は震えた声を出す。


「お、俺も……、俺も騙されて登録した!」

「え!? ルーキーさんもですか!? も、もしかして、錦城の制服の……!?」

「それ! それ!! ツインテールの女の子! 俺はここにログインして山犬の襲われた時に、Fさんに助けてもらった!」

「じ、自分も山犬に襲われました! 相手はツインテールではなかったですが……」


 その言葉を皮切りに、如何にびっくりしたか、告白が如何に不自然だったを熱く語り、お互いの良いとこを褒めあい、如何に騙した女の見る目のなさかを語って、女なんて信じられないと叫びながら、お互い熱く握手を交わす。

 ここで颯太とふーちゃんに奇妙な友情が芽生えた瞬間であった。

 

「自分、ルーキーさんに会えて嬉しかったです」

「俺も。そう言えば、何でふーちゃんはPIOに入らなかったの?」


 Nに助けられたということは、颯太同様誘われていたはすだ。


「自分も恩を返すつもりでPIOに席を置こうかと思っていたんですが、ルーキーさん同様、様々なクランを体験して、初めて、このクランで、春風で自分を必要として貰えたんです。自分、体がデカイのに臆病で、人を倒すことが、失敗が怖くて大剣を選んだくせに、中々人を倒せなくて……。大抵、戦いではPIOの皆さんに迷惑を掛けて守られてばかりいたんです。でも、春風に来た時、守るだけじゃなくて、背中を押されて、なっちゃんが言ったんです。君は強い。僕達が出来ないことを、最前線に立つ事を、君は出来るんだ、自信を持って。って」


 初めて、そう言われた。出来ると、言われた。現実世界でも、そんなことを言われたことはないのに、ここの団長は強く、彼に言ったのだ。

 

「それから、なっちゃんの勧誘もあり、ここに決めたんです。自分もここを選んで良かったと思いました」

「……なんか、いいクランだね。ここ」

「はい。自分にはきっと勿体無いぐらい」

「そんな事ないよ。ふーちゃんだって、ここのクランの一員なんだからさ。ふーちゃんを含めて、このクランはいいなって、俺は思ったんだ」 

「ルーキーさん……、ありがとうございます!!」


 きっと、現実世界でも彼はいい友達になるだろう。そう、颯太は思った。


「じゃあ、そろそろ次のところへ行きましょう。堀川を渡ってしまうと他クランのエリアなので、ギリギリの場所まで……」


 その時だ、悲鳴が聞こえたのは。

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