剣と銃 27

 結局颯太は、あの真実を知ってから一睡も出来ず朝日を見た。

 詰まる所、この男は寝れなかったのだ。あの情景が信じられずに。ずっと、夜通し潤一の事ばかりを考えて。

 勿論、何度も何度も都合の良い夢をみようと抗う、抗う。

 もしかしたらと、必死にあの背中から、似てない部分をはじき出した。だがしかし、自分の欲しい答えは何一つ見つからずに、ついには夜が明けたのだ。

 

「クソ……」

 

 いつも以上に纏まらない頭で学校へ行く用意をする。

 信じたくない気持ちの方が多いだろう。

 まさか自分の親友があの世界を脅かしている辻斬りだなんて、信じたい人間の方が稀である。

 だから、自分の勘違いであった欲しかった。嘘だと言ってほしかった。

 だけど、現実は残酷で、きっと彼の顔をみて大笑いをするのだ。

 だから言っただろう、と。

 

 

 朝、学校に行っても潤一はいなかった。

 グラウンドを覗けば、野球部がグラウンドを整備しているが、そこに潤一の姿はない。

 休みだろうか?

 一瞬だけ、昨日の、あのゲームの中でみた、あの情景が頭を過る。もし、現実世界でも……。

 いや、そんなはずはない。

 

「はぁ。何考えてんだよ、俺……」

 

 Nだって言っていたではないか。痛みは一瞬で、蚯蚓腫れの痕が残るだけだと。

 そう、もし、潤一があの辻斬りの正体であれば、潤一の首には赤い蚯蚓腫れがくっきりと残っているはずなのだ。

 NやFが言うには、あの蚯蚓腫れは丸一日残り続ける。確かに、颯太の手の甲の蚯蚓腫れも、一日で嘘のように消えていった。

 ふと、校庭を見ていれば、一人だけ制服姿の潤一が目に入る。

 矢張り、部活に出てていたのか。しかし、体操着に着替えていないと言う事は、見学である。

 風邪だろうか? 健康優良児の彼にしては珍しい。


 それか、別の理由があるのか。

 例えば、体操着に着替えられない理由が。


 颯太は目を細め潤一の監視を続ける。首元は、きっちり制服を着こんでいる為確認が出来ない。左腕も同じである。

 ここからでは、調べられる術がない。だったら……。潤一が校舎の中に一人で入るのを確認し、颯太は席を立つ。

 直接確かめるしか道はないのだ。

 教室を飛び出して、廊下を駆ける。すれ違う生徒などこんな早朝にはいない。階段を駆け下りて、一年校舎の昇降口。潤一の後ろ姿が見えた。


「黒川っ!」


 颯太は、潤一を見るなり大声を出して走り出す。

 その声に驚いて潤一は後ろを振り返り、酷く驚いた顔をした。それはそうだろう。誰も居ない、早朝の学校で、自分目がけて幼馴染が全力疾走をしてくる図など中々見ることは出来ない。

 何かを言いかけて、潤一は逃げる様に走り出す。

 結局、中学を卒業するまで一度も追いついたことはない背中が、そこにはあった。しかしながら、いつもの様に勝ち逃げさせるわけにはいかないのだ。

 

「待てよっ!」

 

 はっきりと、させなければならない。

 息を切らせながら、全力で足を動かす。

 廊下に貼られている、廊下を走るなと書かれたポスターが、彼等の起こす風に揺れた。

 潤一は、何故彼に追われているかわからなかった。それはそうだ。潤一は、昨日あの場に彼がいた事に気付いていない。

 しかし、昨日の自分態度が彼をこんな行動に駆り立てたのかという、僅かな心当たりはあるわけで。しかし、それこそ、しかしながら、だ。その意味を彼に知って欲しくはないと、潤一は強く思う。

 自分が庇っている事も、犠牲になっていることも。

 

「クソっ! 何なんだよっ!」

 

 志賀颯太と言う親友は、自分よりも酷く真っ直ぐな男だと彼は思っている。

 周りからは軽いやらチャラいやら言われているが、潤一自身はそんな事など一度も思った事などない。ただ、ただ、真っ直ぐでいて、少しばかり熱い男だ。

 真っ直ぐでいて、他人の痛みが許せない。だから、彼は『あの時』、手をあげようとしたのだ。

 潤一は良くも悪くも他人は他人だと思っている。正義感は強い方だが、他人の痛みは自分の痛みでない事を理解していた。なるべくなら軽くしてやりたいなとは思うが、それこそ、それは本人の意思だろうと思う。

 逆に、颯太は他人の痛みは自分の痛みだと思い込む。理不尽な虐げを見れば、腹が立つ。勿論、潤一だって立つが、相手がそれに対して何も思わず行動に移さなければ、それは結局、他人が解決しても意味がない事だと思っているのだ。が、颯太はそうではない。入り込むのだ。まるで自分の痛みの様に。だから他人の代わりに前に立とうとする。それも、酷く当たり前のように。

 たまに、近くで見ているからなのか、そんな彼に潤一は酷く呆れ返る事もある。

 だって、その行為は時として、相手を酷く下に見ていると思われる行為だからだ。相手が出来ない事を、彼が代わりにするのだ。それは、相手が彼よりも弱者であるという事以外、他ならない。颯太はそんな事など考えもしないだろうが、相手にとっては屈辱的な場合もある。

 しかし、それで救われた人間もいるのは事実で。潤一は彼のそんな所を尊敬していたし、それがアイツの良い所なんだと思っている。俺には出来ないと、素直に手を叩きたくもなるだろう。

 だからこそ、彼には言えない、知られたくない。これ以上、彼に、自分が弱者だと思われたくはない。

 

「ついてくんなよっ!」

 

 だって、颯太があの先輩達に殴りかかろうとした、原因は潤一を庇ったから。何も言えない、何もしない潤一に代わって、彼が前に出たのだから。

 潤一は、力の限り足を動かし、颯太から逃げた。しかし、颯太も負けじと走る。廊下は走るべきではないと言われているが、お互いそれどころではないのだから。

 颯太は手を伸ばす。

 追いつけないなら、追い越せないなら、手を伸ばせばいい。捕まえればいい。

 精一杯伸ばしたし颯太の手は、潤一の制服を掴んだ。

 

「待てって!」


 潤一の制服を引っ張った事により、首元まで隠したシャツが空間を作る。

 颯太は目を見開いた。

 其処には、先日自分の手の甲にあった、赤い蚯蚓腫れが一本、まるで首輪の様に付いている。

 都合のいい夢は矢張り、夢でしかなく、現実はただ、笑うだけ。


「お前、その首……」


 颯太の言葉に、純一がはっとなり、颯太の手を振り落とす。

 直ぐに首元を直して、振り返り彼を睨み付けた。

 きっと、颯太にはコレが何の傷かなんて想像もつかないだろう。まさか、自分の首を切り落とした傷だなんて。知られたくもなかったし、それこそ、知って欲しくはなかった。しかし、見られた以上、颯太はこの傷を気にかけるだろう。

 潤一は、ネクタイを握りしめて、絞り出したような声を出す。


「お前には、関係ない」


 どうか、親友よ。何も知らないままでいてくれ。

 同情するな、俺を弱い者だと思うな。


 なんとまあ、浅はかで薄っぺらく、些細な願い事なのだろうか。まるで、短冊に書いた願い事だ。

 しかし、神はそんな些細な願いさえも無慈悲に扱う。薄っぺらい短冊を破り捨てるかのように。その願いは叶う事はない。颯太は既に知っている。彼が、辻斬りである事を。皮肉にも、彼は知らない筈の蚯蚓腫れの正体を知っているのだから。

 今ここで、それは確かなものとなったのだ。

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