銃と剣 26

 その瞬間、男の姿は颯太たちの前から消え去った。

 残ったのは、血だまりだけ。男の左腕も一緒に消えた。


「……信じられない。自爆なんて」


 Fが顔を顰めながらそう呟いた。


「余程、集めたアイテムが大事なんだろうな。自爆だったら、集めたアイテムは自分のもののままログアウト出来るし。しかし、其処までするか、普通? あれだけ強かったから、そんな事をしなくても、アイテムなんて簡単に手に入るだろ」

「同感。ねぇ、N、あれが……」

「あ、あのっ! ここで死んだらどうなるんっすか!?」


 まるで石のように固まっていた颯太が声を上げる。


「さっきのアイツは、どうなるんですか!?」


 彼の剣幕に、思わずFとNは口を閉じた。一体、どうしたと言うのだろうか?

 初めてこんなにも激しい戦いを見て、気でも動転しているのだろうか?


「急にどうしたの? 自分で死んでも強制ログアウトされるだけだよ。大丈夫だから、落ち着いて」


 すぐに、Nが颯太の背に手を掛ける。


「いつも通り、傷がついた場所に蚯蚓腫れが出来て、ログアウト時に受けた痛みを一瞬受けるだけだ。大丈夫だよ」


 確かに、随分と初心者にはショックを受ける映像だっただろう。長くこのゲームをしている、Nでも、あんな突然の音の無い自決は見たことがない。それ程、彼はこのゲームでは異質な存在であった。


「N、さっきの続きだけど、あいつが辻斬りだよね?」

「多分」

「……辻斬り?」


 茫然としいた颯太が顔を上げる。


「そっか。君は入ったばかりだから知らないよね」

「最近ゲーム内で無差別に人を倒して回ってる相手だよ。それが許される無法地帯なら話は別だが、彼は他クランの占拠地でも無差別に入ってきて、アイテムを持って行く。かと言って場所の制圧には無反応。被害にあってるクランはそう少なくなくて、近々討伐隊が組まれるだろう」

「うちにも確実に近づいて来てる。今回の件でも、うちの子が被害に会ってないとは言い切れない。この前は山犬の所だったでしょ? 山犬姫が遂に動くなら、私達も黙っては居られないしね。次は確実に私達が倒す」


 颯太はその言葉に目を見開く。

 颯太は知ってる。どれ程Fが強いのかを。その言葉は、男にとって、どれ程の絶望を孕む意味なのかを。

 颯太は、あの男が、赤色に染まったパーカーの色を知っていた。赤色に染まったジャージの色を知っていた。赤色に染まったスカーフの色も知っていた。

 そして、颯太はあの男の目をよく知っていた。颯太は男の素顔を知っていた。

 見てもいないのに、彼はよく知っている。

 だって、ずっとずっと近くにいたのだ。あの服を着て、隣にいた。あのジャージを着て、一緒に夜道を走った。見間違うわけがない背中を、走りながら追いかけてきたのだから。颯太はずっとずっと近くで見てきた。あの赤に染まった下の全てを。

 

「嘘だろ……」

 

 だって、親友なのだから。

 そう。あの男は、颯太の親友。

 

 黒川潤一である。


 今この瞬間、颯太だけがこの事実を知っている。

 そしてまた、潤一が辻斬りなど、無差別に人を切りアイテムを奪う男でない事も、よく知っていた。

 颯太は、今朝の潤一の態度よりも、今ここで気付いた事実の方が夢であってほしいと、強く願う。

 だけど、残念。夢は夢。現実は現実にしかならないのである。

 しかしながら、人間とは常に愚かでいて、小賢しいものである。

 自身が目にしたものを、確信を強く持ったものだって、もしかしたらとそれこそ、夢や希望と言う幻想を抱き、自分が見たものを疑い始める。もしかしたらなど、早々に起こらないというのに、だ。

 もっと現実を、自分を信じるべきだとは思わないかい?

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