銃と剣 25
「痛い目にあっても、知らないよ?」
「それでも、行きたいんです」
もし、あの山犬なら……。あの山犬の動きをもう一度目に焼き付けたい。
あのこの世界を熟知した、無駄のない動きを、この目に焼き付けたいのだと颯太は言った。
「……はぁ。N、ルーキー君連れてくよ」
「はぁ? お前はまた勝手に……」
「これ以上は時間の無駄。断っても絶対に付いてくる目してるもん。それに、どんな奴がそこいても、私とNの敵なんているわけないでしょ? 私とNが負けるわけ、ないでしょ?」
絶対の信頼と言ってもいい程の自信。
Fの顔は笑っている。でもそれは、馬鹿にした笑いではない。その笑みを見て、Nは諦めた様に小さなため息を一つ。
こんな事をしている場合ではないは分かっている。
「わかった」
確かに、悲鳴が飛び交うこの場面は良くあること。
しかしながら、他クランの占拠地からこち方向に攻めてくるなんてことは稀である。今の悲鳴は明らかにPIO側に近い地域。Nはそちらの方が酷く気になった。
もし、悲鳴の相手がPIOの団員であれば、それは誰かが攻めて来た事となる。そして、悲鳴の場所に入れるプレイヤーなんて、どうしても決まってくる。
一番可能性が高いのは、隣のエリアを占拠している他クランのメンバー。
確かに他クランだが、そこのクランとPIOはアイテムの貿易もあり、それなりに交友関係にあったはずだ。自分達よりも上位クランであるPIOを突然裏切るなんて向こうにメリットなんてないはず。
「取り敢えず行こう」
考えても始まらないと、
彼等はNの声とともに、悲鳴が聞こえた方向、白川公園へと向かって走り出した。
しかし、彼らが公園に辿り着くことはない。
「うちのエリアには何もなさそうだね」
PIOとのエリア境目を見て、Fが言えばNが頷く。
「悲鳴は、隣のクランから? 奇襲でもあったのか?」
「同盟のよしみで力でも貸す?」
「そうだな。このままうちに流れられても困る。塞き止めるか」
「いえっさー。さーて、何処の馬鹿かなー? Nと私の顔見るだけで、感動で漏らすかも」
「そうだな、その場合は、お前に任せるよ」
無駄口を叩き矢場公園を通り過ぎた所で彼等は足を止める。
その異様な光景に。
「っ」
颯太は息を止めて、目を見張った。
そこには、灰色のパーカーが赤く染まった一人の男が立っていた。白色だったジャージの下も、彼が巻いている白色だったスカーフも、全てが全て、赤く染まっていた。
彼の周りは全て赤色で染まっている。
そこに、人が居たんだろう。どれだけの人がいたすら、最早わからない。しかし、この夥しい赤を見るならば、決して数人と言うわけでないだろう。彼は一人で、何十人かを倒している。
手に持った、日本刀で。
咄嗟に、NとFは颯太を塞ぎ二人で壁を作った。
悲鳴の場所はここので間違いない。
「……Fっ!」
僅かだが、彼の指が動いたのだ。Nはそれを見逃さなかった。Nの掛け声で、すぐさまFは杖を振るう。しかし、それよりも、男の一歩の方が早い。踏み込み、日本刀を引き抜く。
早い。
Nは前に出て、槍でなんとか一撃を受けるが、思った上にそれは重く、受け止めきれなかった衝撃で後ろに下がった。男は一撃をNが受け止めた反動を使い、後ろに下がって刀を鞘に納める。
身のこなしが軽い。
FとNの姿を見た所で、焦っている風など微塵もない。
今度はNが踏み込み男目掛けて槍を撃つ。しかしながら、男は巧みに鞘で受け弾きNの懐に踏み込むが、何かに気付き、急いで後ろに下がった。
それは完全に槍の範囲外。その様子に、Fが舌を打つ。
「作戦失敗か……」
わざとNが大きく踏み込み隙を作る。その間に、Nの体ギリギリに小さなシールドを無数に張って、男の刀を受け止める。いくら素早い男でも弾かれた衝動、僅かな時間でも隙は出来る。そこをNが欠かさず突く手筈。
これはNとFとの連携業だ。Nがわざと大きな踏み込みをするのを合図に、Fが正確にそれをサポートする。言葉なくても二人だけの暗黙のルール。
それを、何故か初見の男はFの見えない透明なシールドに気付いたのだ。
「勘か? それとも、魔法か?」
「違う、N。それは魔法じゃないっ! 血だよっ!」
その答えはFが知っていた。
僅かに、男の手から血が飛び散った血が、Fが作り上げたシールドに付着したのだ。男は咄嗟に、そこになにかあると判断し、踏み込みから後ろに体勢をずらし、手をついて大きく後ろに跳ねて距離を置いたのだ。
勿論、Fの作り上げたシールドに阻まれ、Nは直ぐには動けない。Fがシールドを解くのは、男の刀がシールドに当たった瞬間。彼女は音でそれを判断する。
刀が当たらなかった今回は、Nの判断が遅れシールドを解除するまで時間がかかったわけだ。
完璧なNとFとのコンビネーションの技だったはずなのに、これが今回ネックになるとは。
きっと二人は考えもしなかった事だろう。
瞬時な判断、そして、迷わない精神。どれを取っても、Nの、このゲームで『英雄王』と呼ばれている彼の相手として不足はない。
「成程ね。君、強いな……」
小手先だけの技はやめた。いくらやつても、きっと彼にとっては有効ではないだろう。真剣に、正々堂々と勝つしかない。と、Nはゴーグルを目まで下ろし、槍を構える。
貫くのは、相手の心の臓のみ。
ゴールグをしたのは、相手の血が自分の目にかからないように。遊んでなどいられない。刺さったからといって、そことで止まるような男じゃない。きっと、頭一つになっても、自分の喉元にくらいついてくるだろう。
先程の踏み込みなど、まるでなかったかのように、Nは男との距離を一気に詰める。
しかしながら、男はギリギリ避け、腰よりも低い体勢で鞘を抜く。
やはり、早い。
しかし、Nは槍を使う。槍の間合いは剣よりも長い。何より、彼は強いのだ。
「甘いっ!」
突き出した槍を上へ向けて、柄で男の剣筋を弾き飛ばす。
刀よりも間合いが長いのだから、その分無防備な距離も伸びるに決まっている。それを、彼は長い時間を掛けて克服してきたのだ。
男ははじかれた剣先には目もくれず、反対側でもっていた鞘をNに当てる。
しかし、ここには絶対防御の彼女がいるのだ。
「っ!?」
男は一瞬驚いた顔をするが、もう遅い。
鞘はシールドによって弾かれ、その隙にNは体制を立て直し、男の心臓を目掛けた。男は防御に入るか、それとも間に合わずに受け止めるか。どちらにしか術はない。
しかし、男はなんの悠長もなく鞘を離し、左腕で槍を弾いた。
それは、彼の左腕が胴体から離れた瞬間の出来事。
槍は男の左腕を通り抜けて軌道を変える。彼の腕から吹き出した血が、ゴーグルにかかるが、Nのまっすぐ見開いたままの目に、刀の切っ先を向ける。
「ぐっ!」
押し切るつもりなのだ。このまま。
左腕が飛ぼうがなんだろうが、男には関係ないのだ。
Nは瞬時に切っ先を避けるが、切っ先が頬を掠める。
今ひとつ、届かない。
男はそうわかると、すぐ様低い体勢のまま、地面を這うようにNの間合いから飛び出した。
流石にあの位置を槍で追うには追いつかない。
しかし、事実上、こちらは二人で相手が一人である事は変わりなく、逆に浮き彫りになったといっていいだろう。いくら正々堂々と勝負といっても、Fは同じクランであるNを守る為に手を出す事に迷いはないし、NはNでこれは戦いであり、Fが手を出す事に異論はない。それに、男は既に腕一本。鞘から引き抜く高速居合だって放つことは出来ない。
最早、勝負は見えていた。
誰の目にも明らかだった。
しかし、男は刀を上げる。
まだ、やる気なのか? 正気なのか? Nが構えた瞬間、男の手が動く。
「え」
声をあげたのは、颯太だけだった。
NとFはただただ、言葉を飲み込むしかなく、目を見開く。
男はそのまま、自身の日本刀で自分の首を撥ねたのだから。
強制ログアウト。
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