銃と剣 23

 翌日、またも颯太は矢場町にてこのゲームにログインをした。昨日よりも随分と早いが、時計は既に17時半。学校からここに向かい、昨日と同様の変装をする。

 全く日にちも開けずにログインするなんてと思われるかもしれないが、やる事も特にないのだから、当たり前といえば当たり前だろう。Fは宣言通りに既にいて、いつもの笑顔で颯太を見つけて大きく手を振ってきた。

 しかし、いつもと違う事は一つだけある。

 その隣に、見慣れない男が立っていたのだ。

 

「Fさん! と……」


 一体誰だ?

 男は、身長174センチもある颯太よりも少し大きい。

 大体、5センチぐらいだろうか? 頭にはバイクとかでよく見るゴーグルをかけ、口元は赤いスカーフで隠している。

 髪色は毛先だけが赤茶色だ。手には彼が選択したのであろう、鋭く大きな長い槍が握られている。

 PIOのクラン員なのか、随分とFと親しげに話していた。もし、このクランに入るのならば、この人とも仲良くならねばならないが……。颯太は打算計算を打って男を一瞥する。

 ふむ。

 唯一見える目元は下がっており、随分と優しそうだ。仲良くしておいて損はないだろう。


「初めまして。君がFの言ってたルーキー君?」


 低めの声に、随分と大人な印象を受ける。

 目元しか見えないものだから、相手の年齢を当てるのも一苦労だ。

 学生以外にもこのゲームに参加している人がいるのか。確かに、今まで会ったのはFを含めたった2人である。

 プレイヤー層を掴むにはまだまだ不十分極まりない。

 このゲームについては、まだまだ情報は足りていないということだ。

 

「初めまして」


 颯太は礼儀正しく、男に頭を下げた。

 年上の人。それだけの理由だが礼儀を欠いていいと言うわけではないし、Fと違って、緊急事態時に知り合ったわけでもない。

 もし、颯太がこのクランへ入るとあれば出来るだけ多くの人に好印象を持ってもらいたいと思うのは普通だろう。

 なんたって、この世界ではまた価値のない自分を拾ってもらえる要素は同情しかないと思っているからだ。

 

「いいよ、そんなに畏まらなくても。うちのクランに入りたいの?」


 相手は予想通り、フランクに颯太の肩に手を乗せる。

 どうやらFから颯太の話はある程度聞いているらしい。


「はい。Fさんから声をかけて頂いて、俺も何も知らないままで一人でやるよりも、心強いと思うので」

「正しい選択だね。だけど、一度クランに属すると、中々抜けることは出来ないから、ゆっくり考えた方がいいよ。急にここに入るだなんて決めずにさ。俺から皆んなに言っておくから、ちょっとここでクランってどんなものかを体験してみてから決めたらどうかな?」


 そう、男は優しそうに颯太に笑う。

 しかし、そんな事をここの団長とやらが許すだろうか? 聞けば、Fは笑ってうちの団長は鬼みたいな人だからと、随分と颯太の不安を煽ってきた。

 そんな、生半可な事をしたら、それこそ切り捨てられそうだ。

 

「ご提案ありがとうございます。でも、先ずは団長であるNさんの許可が……」


 やんわりと、颯太は波風立てずに男の提案を断ろうとすると……。

 

「え?」


 男は吃驚した様な顔で颯太を見る。

 やっべ! 選択肢、間違えたかもっ!

 相手の顔色を見ながら、颯太は急いでフォローにはいる。

 

「あ、違います、すみません! あの、本当にご提案は嬉しくて、そうさせてもらいたいんですが、まだ団長さんにもここでの滞在について許可を頂けてないんです。俺、本当に急にここに来ちゃったんで……。だから、まずはクランどうのってよりも、団長さんに……」

「団長って俺だけど?」


 男はきょとんとした目で颯太に自分を指さしてみせる。

 

「へ?」

「俺がPIOの団長のN」

「……え?」


 颯太は助けを求めるようにFを見ると、Fが、ああっ! と、一度何かを思い出した様な顔をして笑顔で大きく口を開いた。


「あ、ごめん。紹介遅れたね! これが、その団長、N。Nさんだよっ」


 割って入ったFが、Nを指差す。

 

「おい、指差すなよ」


 ……団長?

 この優しそうな人が、鬼?


「え? 本物……?」

「あはは。ごめん、ごめん。俺も名乗るの忘れてたね。俺がこのPIOの団長、N。槍使いな。君は……、珍しいね。初めて見た。銃なんだ」

「私も初めて見たよ。銃なんて、私達の時にはなかったしね。私も魔法よりは銃が良かったー」

「銃なんてあるかどうかも確かめなかったじゃないか。お前は深く考えずに、すぐに魔法を選んだんだろうが」

「だって、魔法が使えるって聞いたら、魔法使いたいって人間だれしも思うでしょ? でも、もっと魔法らしい魔法が使えるかと思ったらシールドなんて、ちょっと運悪すぎだよね?」


 そう言いながら、Fがふふふと小さく颯太に笑いかけた。

 颯太は言葉を挟まず、ただコクコクと首を揺らす。

 FとN。随分と仲は良さそうだ。昔からの知り合いだろうか? 少なくとも、NがFをこのゲームに誘ったのだろう。彼が彼女の武器選択理由を知っているのだから。

 ゲーム内での親子関係か……。

 

「すみませんっ! まさか、俺、Nさんご本人だと思わず生意気にも断っちゃって……っ」

 

 色々気になる所だが、まずはここからだ。

 クラン入りの話を白紙にされた方が、今の颯太には大きな痛手なのである。


「そっか。そんなに畏まらなくても怒らないよ。君は一体、どんなおっさん想像してたの?」


 もっと、こう、厳つくて、怖くて、もっとデカイ人かと思ってた。いや、十分身長は高いけども。もっと、こう、世紀末に生きてて、俺の事だって、うぬとか言いそうな……。そんな颯太の妄想よりも、現実は如何やら優しいようだ。


「も、もっと怖い人かと……」

「ははは、そんな事ないよ。俺、あんま怒らないし」

「嘘だぁ。この前もプリンの事で切れたじゃん」

「それは、お前のせいだから。どうせ、お前がぐだらないことを、このルーキー君に吹き込んだんだろ? 相変わらず性格悪いな。お前は。ルーキー君、わからないことがあったら何でも聞いてよ」


 何とも穏やかそうな人だ。


「あ、はい。すみません、お世話になりますっ」


 この後、いくつか団についての話をされ、颯太はNに入団の意思がある事を伝えるが、Nは決して顔を縦には振らなかった。

 体験的な事も勧められたが、大手で尚且つ、団長、副団長共に話しやすく面倒見がいい。

 颯太はすぐにでもこのクランへ入りたかったが、そこは経験者故なのか、頑なにNはそれを認めなかった。本当に、君が入りたいと思ってくれているのは嬉しいが、そう簡単に決めていい事ではないと。

 

 その横顔は酷く真面目で誠実で、何処か潤一に似ていた。

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