銃と剣 10
「……あ、えっと……」
「さっきの山犬と喧嘩してたでしょ? 見た処男の子だし、山犬と同じクランじゃないよね? 君、何処のクランの子?」
のぞき込む彼女の襟元から立派な谷間が目に入るが、今はそれどころじゃない。
少女と言っても、きっと歳は颯太の少し下ぐらいのあどけない顔立ちとは似つかないぐらいの、先ほどの戦い方。
むしろ、彼女こそ誰なのかと颯太は思った。
「ちょっと、君もだんまり? もう、本当にいい加減にしてよ。人のシマ荒らしといて、黙ってていいと思ってるの? ここ、私たちのクランの占領地なの知ってるでしょ? 人の家勝手に入ったら怒られるって子供の時教わらなかったわけ?」
すごい剣幕で、少女は怒っているが、颯太には何一つわけがわからない。
頭の整理が追い付いていない。
一瞬は正常を取り戻した脳は、山犬の消滅の前にいとも簡単に崩れ落ちてしまったのだ。
「あの、すみません。僕、混乱してて……」
思わず普段使っている一人称を使わず、年下であろう少女に敬語で答えてしまう。
それぐらい、颯太の本能的にこの目の前にいる少女がどれ程危険か。先ほどの山犬との闘いでよくわかっている。
年齢じゃない。見た目でもない。
純粋に強さの不等号。
颯太は山犬よりも弱く、また、山犬はこの少女よりも弱い。
即ち、颯太が今、何をしても目の前の少女には何一つ叶わないと言う事なのである。
「混乱? 何で?」
「ちょっと、よくわからなくて……。く、クラン? 山犬? 魔法使い……?」
「え、何ブツブツ言ってるの? ちょっと本当に大丈夫? 気分悪くない?」
悪くないと言えば、嘘になる。
先ほどからのジェットコースター並みのアップダウンにスピード。颯太の頭も体も心も、付いていけていないのだ。
「取りあえず、クラン教えて。場所持ちならそこまで連れてくし、場所ないならいつものログイン場所まで着いていってあげるから」
「……ログイン」
少女の言葉に、思わず颯太が顔を上げた。
「え? 行き成り、何?」
「あの、ログインって、ログアウトの方法と何か関係があるんですかっ!?」
「え、ちょ、ちょっとっ! 落ち着いてっ!」
「どうやったらログアウト出来るんですかっ!? 元の世界に戻れるんですかっ!?」
「えっ、えっ、えっ! ちょっとっ! 近い、近いっ! ちょっと君落ち着いてっ。本当にそんな事聞くなんて、どうしたのっ!?」
「ログアウトの方法、知ってるんですかっ!?」
「えっ!? や、やだっ! 怖いっ!」
ぐいっと、少女に詰め寄る為に、颯太の手が思わず前に出る。
少女はそれを躱そうと体を捻らせると、、何か今まで触った事無い感触が颯太の掌に……。
「……え」
「……」
正確に言えば、少女の姿には不釣り合いぐらいな、大きな胸が、颯太の掌に。
「……き……」
「え、あ、ええっ!?」
颯太の今後の名誉の為に、敢えてここで進言しておきたいのだが、これは断じてわざとではない。
勿論、ただの偶然である。そう。ただの事故だ。
だから、これから言う少女の発言は、少しばかり真実と食い違っていると言っていい。
「きゃあぁぁぁぁっ! へ、変態っ!!」
噂では柔らかいと聞いた胸は、現実は思ったほど柔らかくもなく、心なしか少し硬かったと思いながら、颯太は甘んじて彼女の平手打ちを受け入れた。
可憐な女の子の胸を事故とは言え触ってしまったのは事実だし、何より恥ずかしい思いをさせた彼女への償いの代わりを男として払うのは当然だと、武士の様な心で右頬を差し出したわけである。
だが、これが間違いだった。
平手打ちだったパーが、触れる直前でグーに変わる瞬間に、颯太もそれが間違いだと悟った。
「ぶおっ!!」
思わず、頬を殴られただけの筈なのに、反動で肩がガクリと音を上げて、右に身体を捻りながら倒れるはめになった。
女子中学生の何処にこんな力がと目を疑いたくなるほどの威力だと、颯太は自分の頬を触りながら首を捻った。
これが、不思議と殴れた頬は痛くはない。
だがしかし、それでも、人が吹っ飛ぶぐらいの衝撃はあるわけで。
彼はすっかり忘れているようだが、どうやらここでは人の身体能力は通常よりも、少なくとも倍はあるのだ。例えそれが少女の拳でもそれは例外ではない。
「変態っ、変態っ、変態っ!!」
最早、颯太は必要以上の罰を受けたのではと思うぐらい、少女の拳は颯太に容赦をしなかった。
「もう、本当に信じられないっ! む、胸触るなんて、本当、何考えてるの!? 最低っ! 変態っ! 最低っ!!」
いや、違うんだ。弁解させてくれと言いたいが、殴られた衝撃で最早弁解出来る程の力が何処にも無い。
体力的にも、知力的にも。
現に、颯太の脳は今もなおぐわんぐわんと音を立てている。
「本当に、最低っ! まだ、誰にも、Nにも触らせた事がないのにっ! 君っ、名前を名乗りなさいっ! 何処のクランの子なのっ!? 次のクラン戦で、狩ってやるっ! 絶対に狩りつくしてやるんだからねっ!!」
少女は颯太の胸倉を掴みあげると、ガクガクと力の限り揺らした。
完全に、少女の血は頭に登り切っている様だ。
怒りは我を忘れやすい。どう見ても、颯太が何かを話せる状態ではない事は明白なのに彼女がその事に気付いていないのが言い証拠だ。
「く、苦しい……」
彼女の手を必死で颯太が叩くが、驚く程びくともしない。
もう、意識が遠のく。ギブアップだと必死に伝えても、少女の手が緩むことはなかった。
「何っ!? 苦しいってクラン名なわけっ!?」
「ち、違う……」
「じゃあ、本当のクラン名言いなさいっ! 隠していい事なんて何もないんだからねっ!」
「違……、クランは……」
「クランは?」
「クランは、知らない……っ」
「はぁ?」
少女は颯太の言葉に、襟元から手を離すとため息をついて杖を颯太の鼻先に向ける。
「馬鹿にしているの? あの山犬みたいに」
「して、ない……です」
「じゃあ、何でクランを答えない。私が誰だか知っているでしょ? 君も木っ端微塵に散ってみたいの? とんだ変態だな」
「違う……」
「違わない。高校生君にいい事を教えてあげよう。大人の世界ではな、質問に答えないは馬鹿にしていると同意義になる場面が多々ある。例えば……、今、こんなタイミングとか」
優しく扱えば、掌を返したようにこちらの要求は何も飲まない。
そんな事が許されると思っているのか。
「違う、です。俺、本当に、クラン、知らなくて……」
「だから何で、そんな分かりやすい惚け方するかな?」
「本当にっ! ナビ子に、何も、聞いて、無いんですっ!」
息の音で言葉を区切りながら、颯太はこれでもかと言うぐらい大声を出する
「……ナビ子に聞いてない?」
「何もっ! あの鳥女、案内するって言ったのに、全然説明しなくてっ! 俺、ログアウトの方法も、知らなく、てっ!」
「ちょっと待って。君の親は?」
「……母親と父親の、名前ですか?」
「違う。ここに送り込んで来た『親』。このゲームでの、『親』の事っ!」
「親……」
送り込んだ? そもそも、何故自分はこの世界に来たと言うのか。
赤色に染まった空を茫然と眺めながら、颯太は自分の携帯を見る。
携帯の画面には、アドレスが一つ。
「……そうだ。俺、あの女の子から送られて来たアドレスを押してここに来たんだ……」
「その親は知り合い?」
少女の言葉に颯太は首を横に振るう。
「ここに来たのはいつ?」
「あの大鎌に襲われるちょっと前」
颯太の言葉に、今度は少女が顔を下げる。
「嘘でしょ? こんな事ってあるわけ?」
少女は小さな手を颯太の額に伸ばす。
「君は運がいいのか、悪いのか……。その話、もっと聞かせてくれるかな?」
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