銃と剣 9
一体何の音だろうか。一向に来るはずの痛みも何もない状態で、颯太がうっすらと瞳を開けた。
「……ガラス?」
彼の目に映ったのは、透明なガラスの様なものが彼女の大鎌から颯太を守っている。
本当にガラスなのかは怪しいところだ。
何たって、そのガラスは何に支えられている事なく浮いており、尚且つ大鎌の衝撃を受けているのだから。
颯太が聞いた何かが弾かれた音は、このガラスが大鎌を弾くときに奏でたものなのだろう。
「何だよ、これ……」
まるで自分の命を守るかのように出て来たガラスを颯太は震えた指でなぞる。
確かに、そこにあるのだ。
ガラスなのかはわからないが、透明な、見えない壁が。
「ちっ!」
「う、うわあぁっ!」
大鎌女は舌打ちを鳴らすと、すぐさま大鎌で颯太の首を払おうとした。
しかし、またも鈍い音。
そこにも、透明な壁が出来ている。
「……クソっ! 疎ましいっ!!」
「どうなってるんだ……?」
この透明な壁は一体、何処から湧いて出て来たのか。
リアル重視で作られているこの世界で、銃と大鎌が従来の使い方をしている世界で、その透明な壁は明らかに異質だった。
まるで颯太を守る意思があるかのように場所を変えて守ってくれている。そんな様に見える。
「……助けてくれたのか?」
「んー。それはどうかなぁ? 君の回答次第かも」
大鎌女の声ではない、少女の様な高い声が何処からともなく降ってくる。
「人?」
自分と大鎌女以外の初めての人の声だ。と、颯太は辺りを見渡す。
この世界に、他に人が?
「人って、面白い事聞くね。君」
声は面白がって笑う。
だって、そうだろう。颯太がこの世界に来た時から、人影は何処にもない。人影だけじゃない。動いているものがないのだ。
人は勿論、車も、動物も、虫も、何もかも。
「何処にいるんだ!?」
「んー。そうね、人じゃないから見れないかも。どちらかと言うと、妖精さんかな?」
妖精さんと名乗った少女の声は高らかに笑う。
何故、姿を見せないのだろうか。颯太は眉間に皺を作る。
自分を助けてくれたのに? 明らかに、目の前の大鎌女から、この透明な壁は自分の命を救ってくれた。
少女の発言から、この透明な壁は少女が出したものだろう。何故かはわからない。自分を助けた理由だって、分からない。颯太は更に首を傾げる。
どうやら、一度命の危機が遠のいて、頭が正常になって来たようだ。
「何で助けて……」
「そのやり取りはもういいって。取りあえず、敵か味方かの質問その一。君たちは、うちのシマで何やってくれちゃってるの?」
少女の咎める様な問いかけに、大鎌女は後ろに大きく下がり、もう一度酷く苛立ちながら舌打ちを鳴らした。
遊びすぎたか。厄介な奴が出てきたものだ。姫様に誓った制約を破りかねない奴が。大鎌女は心の中で呟くと、また小さく舌打ちをする。
どちらにしろ、ここで逃げられるわけがない。倒すしか、術はないのは変わらない。
「ちょっと、ちょっと。まだ歯向かう訳? 質問にも答えないし、やる気満々じゃんっ。呆れたぁ。まったく、まだクラン戦でもないのに派手に暴れて反省もないって、ちょっと調子に乗り過ぎでしょ? 犬畜生の分際で」
声の主は、ニヤリと笑うと高いビルから颯太と大鎌女の間に飛び降りた。
「……中学生っ?」
その姿を見た颯太が思わず言葉を漏らす。
ピンクの長い髪を二つに耳元で束ね、手にはまるで映画の中で魔法使いが使っている様な細い杖の様な物が握られているではないか。
顔はまだまだ幼さが見える。
「ここは私たちPIOのシマなんだけど。私に許可なくここで暴れるだなんて、いい度胸じゃない」
短い黒いスカートに黒いニーソックスの纏った少女がニヤリと笑った。
「その服と顔の布、オオガミのクランの山犬が一匹。 山犬如きが、うちのシマに何の用よ」
しかし、少女がいくら問いかけようと、山犬と呼ばれた大鎌女は何一つ喋らない。しかしながら、これが返事だとばかりに無言で山犬は鎌を低く構え直す。
成程と、少女は喉の奥で笑った。
詰まる所、この山犬には生意気にも、答える意思がまったくないと言う事だ。
「あ、そう。それが答えってわけ? じゃ、お帰り願えるかしら?」
少女がにこりと笑えば、それを合図に山犬が大きく地面を蹴る。
先ほどよりも早い。どうやら、颯太相手に本気など出していなかった事がわかる程、山犬の動きは素早く遊びがない。
しかし、少女は臆することなく、山犬に向かって杖を振る。
透明なガラスが次々に山犬に向かって張り巡らされていく。
「私は帰れと言ったんだけど、山犬には人間の言葉なんて通じないんだ。残念っ」
山犬は次々と自分に向かって作られるガラスを避けながら、少女に向かって鎌を振り下ろす
危ないと颯太が声を張り上げるよりも前に、少女は口元を歪め、山犬を笑みを投げる。
「犬だって、待てが出来ると言うのに。ホント、十分お前も愚かだよ」
少女のものとは思えない、吐き捨てるような言葉が山犬の耳に届く。
「……まさかっ」
こいつ、まさかっ!?
山犬が布の下で目を見開いた。
あと数センチ、彼女の鎌が少女の首に届きそうな瞬間、カツンと鎌が音を立てる。
先ほど聞いた、あの音。
颯太を襲った時に小気味よく鳴いた、大鎌が何か弾かれる音。
まさか、そこにもシールドが……?
その瞬間、音を立てて、山犬の周りに壁が、いや。シールドが張られていく。
「っ!!」
気付いたときには、もう遅い。ぐるりと、まるで箱の様に彼女を包むシールドから逃げられる術はない。
「クソっ! クソっ!!」
無駄だとわかっていても、山犬は夢中で自分囲うシールドに手あたり次第に大鎌で切りつける。
「出せっ! クソっ! ここから出せっ!!」
「躾のなってない犬の言う事は、聞けないなぁ。じゃあね」
そう言って、少女は最後の一枚が彼女を囲う瞬間に、小さな瓶を投げ入れた。
それはこの『世界』ではよく見る、アイテム。
通称瓶爆弾。
名前通り、瓶に入った液体の爆弾で、空気に触れたら忽ち爆発してしまうという、攻撃用のアイテムである。
彼女がそれを受け止めようと手を伸ばした瞬間に、少女の作ったシールドが瓶を壊す。
そう、今まさに、音を立ててシールドにぶつかり、瓶か粉々に割れていく。
「あ」
山犬の間抜けな声に、少女はクスリと笑顔を作る。
完全囲まれたシールド内で、爆発音が響いた。
「まったく。人のシマでよくあれだけ暴れて人がこないなんて思うよね」
少女がまた杖を振るえば、忽ちシールドと呼ばれた透明なガラスは消え、黒い煙だけが上へと上がっていく。
一体、何だかと、颯太が茫然としていれば、座り込んだ颯太を少女がのぞき込む。
「ねぇ。君、大丈夫?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます