銃と剣 5
颯太は叫ぶ事も出来ずに、ぐっと目を閉じ、諦めるように終わりを待つ事しかできない。
このままわけもわからず、自分は死ぬしかないと言うのか。
実際、今、颯太は自分の身に何が起きているか理解しているわけではない。
どれもこれも現実的では無さ過ぎるからだ。
色が亡くなった世界も。
止まる人々も。
そして、崩れた足元の穴だって。
地面の穴と言えど、いくら空洞化していても、軽く十数秒は落ちている。その間に水にも、土にも触れられない事を考えれば、現実的な話じゃない。
どれだけ深い穴だと言う話だ。それを、あんな街中で? 現実的ではない。無さ過ぎる。
しかし、それは、現実的ではないと言うだけであり、現には自分は穴へ落ちている。そして、今尚落ちている真っ最中。
それってさ。どうしようもないって事じゃいないか? と、颯太は思う。
そんなもの、死ぬしかないと言う事実は変わらないのだから。
「いえいえ、死ぬわけないですし」
ふと、頭の上で声がする。
「……え?」
何で? 他の人も落ちたのか?
そう思い颯太が目を開けば、彼の頭上に、人……? 思わず、途中で彼は首を傾げる。確かに形は人なのだが……。
青色の髪に、青色の瞳、青の袴に……。
背中には大きな白い羽。
人間では、あり得ない、大きな白い羽が生えているではないか。
「……天使?」
と言えば分かりやすいだろう。しかし、美術の教科書で何回か拝見した天使は、こんなファンキーな髪の色などしていなかったし、何とも衣装が、どう見ても純和風である。
いや、もしかしたら、向こうの天国では今、和ブームというものが来ている真っ最中かもしれない。と、颯太は思いなおしてみるが、そもそも颯太の家は仏教徒兼神教徒。仏壇と神棚がある。
どうせ死ぬんだから、天使がいても最早驚く事もないかもしれなが、そもそも天使に縁がある宗教に入っているわけでもないのに、何故迎えが天使。
「どうも、こんにちは、ナビ子です」
天使は顔の表情を何一つ動かさずに、颯太に名乗る。
これはどうも、ご丁寧に。
名前も英語っぽいですね。流石。
「さっそくですが、ようこそ、羊さん。貴方の名前を教えてね」
いくら天使が可愛く言おうとも、声のトーンは変わらず無表情である。
「……え。天使が名前とか聞くの?」
本人確認か何かだろうか? 病院だって徹底しているぐらいだし、生死にかかわる仕事では義務化されているのかもしれない。人間の世界以外も。
もし、間違えていたら元の場所に返してくれるとか?
いや、そんなラッキーな事なんて早々ないだろう。そうですか。人違いですね。それではと、飛んで行かれた方が大問題だ。
どうしたら、天使に助けてもらえるのか。名前を名乗る時間を伸ばし、颯太は思考を巡らせる。
しかし、それがこんな立で無駄になるとは颯太には予想が出来なかったわけだ。
「天使?ああ、違いますよ。私は貴方を今から、この『SSS』の世界を案内させて頂く、運営専用アカウントです」
「運営?」
「はい。運営専用アカウントです」
「なんの?」
「『SSS』の世界の」
「アカウントってどう言う事?」
「アカウントは、アカウントでございます。さ、お名前を」
何が何だかわけがわからない。
運営専用? アカウント?
まるでゲームの話ではないか。
ここで一つ、試しに颯太は天使に対して疑問をぶつけてみた。
「俺の名前知らないの?」
本当のお迎えならば、死ぬ予定の相手の名前は知っている筈だ。例え、それが颯太の名前ではなくとも、死ぬ予定の人間の名前を言う筈である。
もし、知らないと言う事があれば……」
「存じ上げません。お名前をどうぞ」
「志賀颯太、十六歳。名成高校一年で彼女いないです」
颯太は、あれ程渋っていた自分の名前を簡単に天使に伝える。
「あ、お名前だけで結構ですよ」
「クールですねー。運営アカウントって事は、NPCなんですか?」
NPC、ノンプレイヤーキャラクターの略である。つまり、プレイヤーがいないキャラクターを指す。ネットゲーム用語の一つだ。
名前を知らない。運営専用アカウントである。世界を案内。
天使の言葉を信じるならば、いや。ナビ子の言葉を信じるのならば、ここはゲームの世界と言う事となる。
いや、ゲームの世界と言うのも可笑しい。
でも、何もかもが可笑しすぎた。現実離れし過ぎている。
それは、裏を返せば現実ではないと言う事となるのだ。
だとすれば、ここはゲームの世界、異世界、死後の世界。どれにしろ、颯太がこれまでの十六年間を送って来た世界ではない。
しかし、死後の世界や異世界で、『運営』って単語が出てくるか? その事から、ゲームの世界である事も否定できないわけだ。
また、名前について完全の白紙であれば、どんな名前を伝えた所で『結果』は変わらないと颯太は判断したわけである。
そして、名前を伝えなければここから進めないとも。
「いえ。この世界には現在はNPCは起用されておりません。私は運営側にいる者です」
ネットゲーム用語が通じた?
その事実に、颯太は眉を顰める。
「何か?」
「あ、いえ。何も。名前だけですよね。志賀颯太です」
「はい、志賀颯太様ですね。正式に登録させて頂きました。次からは認証が失敗しましても、ゲストアカウントでは無い為、登録情報の破棄はありませんのでご安心して、様々な場所からのアクセスをお試しくださいませ」
登録、ゲストアカウント、正式、アクセス……。
現実味は何処にもないと言うのに、聞こえてくる単語はどれも聞き覚えのあるものばかり。
「ちょっと待って。本当にアカウントって何?俺、今から死ぬんじゃないの?」
「先ほども言いましたが、死にませんよ。今から志賀颯太様は先ほど申し上げた通り、『SSS』の世界を体験して頂きます。この度は完全対人体験型選別アクションゲーム『SSS』にご登録ありがとうございました」
「ゲーム?」
「はい。ゲームです。完全対人体験選別アクションゲームです。では、志賀颯太様、使用する武器をお選びください」
「武器!?」
ちょっと待って。颯太は思わず、彼女に向かって掌を見せる。
いくつか仮設を立てて、そのうちの一つにゲームを上げてはみたものの、それで正解ですと言われても受け入れれる筈もない。
話がまったくもって付いていけないと言うよりは、頭がついていかないのだ。
「俺、何かよく分からないうちにここに来てるんだけど」
「そうですか。それは災難でしたね。ゲームより外の世界は私達運営側では対応致しかねます故、回答しかねます」
「じゃあ、分かる事だけでいいから、答えてくれよ。運営なんだろ?」
「勿論。QA作成も私達の仕事でございます」
「ゲームって何?」
「完全対人体験選別ゲームでございます」
「俺が、上から落ちたのは?」
最早光から見えなくなったはるか上を指差す。
「ログインです。そしてここがローディングでございます」
「ローディング!? 読み込み中!?」
「完全体験型でございますから、そこも込み込みの体験なんです」
そんな馬鹿な。そう思いたいが、彼女は当たり前の様にそう言うのだ。
確かに、これがゲームならば颯太は死なずに済むわけである。そちらの方が、颯太としても十分に助かる。
現実的に考えたら到底信じられない事ではあるが、状況的にはナビ子と名乗る彼女の言葉を信じた方が精神的にも肉体的にも都合がいい。詰まる所、彼女の話を信じないよりも、信じた方がお得と言うわけだ。
「成程、わかった。これはゲームなわけね」
ここまでくれば、深く考えるのは辞めようと、颯太は諦めた様に手を上に広げる。
現実世界ではない、ゲームの世界で自分は死なない。また、何処からでもアクセスが出来ると言う事は、帰る手段だって用意されている。
そんな説明を受けてまで、ログインがあってログアウトがないなんて事はないだろう。
「はい。完全対人体験型選別ゲームでございます」
「それ、長いから」
「そうですね。私もそう思います。では、武器をお選びください」
「武器って言われても……」
対人と名前がついている以上、武器とはそう言うものなのだろうと、颯太は思う。
しかし、瞬時に閃くのは剣やらなんやら、本当にゲーム内で名前があるものだけが思い浮かぶ。
果たして、このゲームにどれ程の武器があるのか。
「急に言われてもなぁ……」
「武器は様々なものを取り揃えております。勿論、魔法の杖とかもありますよ」
「ま、魔法!?」
なんとも、まあ、本格的な。いや、ゲームだから当たり前か?
「はい。魔法の杖と召喚具は何が出るのかお楽しみ。さて、どうなさいますか?」
「召喚!? 召喚獣とかいるの!?」
「はい。属に召喚士と呼ばれる方々ですね。様々な召喚獣を各種取り揃えております。先ほども言いましたが、何が出てくるのかはお楽しみです」
待て。お楽しみって。それってつまるところ……。
「ギャンブルじゃん」
「ええそうですね。ドラゴンかもしれないし、ハムスターかもしれないですし」
「ハムスター!?」
各種取り揃え過ぎだろ、ここの開発者達はっ。
「えぇ。ハムスターです。過去に実例があります」
「ハムスターが戦うの!?」
「はい。召喚獣ですから」
「どうやって!?」
「……まあ、戦いますけど、小さいですし実用性は特にないですね。運が悪かったとしか申し上げられないです。こちらとしても」
「めっちゃ運悪すぎじゃんっ。その人っ」
と、言っても颯太が、ハムスターを引く確率は零ではない。不思議なもので、むしろ、ドラゴンなどの実用性が高いモンスターを引くよりも確率は断然ハムスターの方が高い気がしているぐらいだ。
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