銃と剣 4
「えっ……?」
予想外の彼女の言葉に思わず、颯太から戸惑いの声が漏れる。
今、はっきりと、彼の彼女は『やだ』と言わなかっただろうか?
言った。確実に言った。
まさかと思い彼女の様子を窺えば、未だ顔を上げてはくれず、表情すら確認出来ない。
何でこのタイミングでの拒絶?
自分はただ、揶揄われていただけなのだろうか?
まさか、本当に何処からか屈強な男たちや、明かにヤバい人たちが出て来て、何自分の女泣かせてんだと金を要求される奴ではないのか?
颯太の不安は募って行く。
美人局の可能性なんて、自分から消しておいてこれだ。
奇跡を起こしてくれた神一同も、きっと空の上から呆れている事だろうに。
「あ、あのっ」
何か言わなければ。
慌てて颯太が口を開けば、それを遮るように彼女は颯太の手を握った。
「えっ!?」
こんな所で、大声である事ない事を叫ばれたら、自分の勝ち目は何処にもないぞと、颯太は声を上げるが、彼女はお構いなしに手を離してはくれない。
「やだ……」
またも、彼女は呟く。
それは、聞いた。反省した。もう話掛けないから、見逃してくれと颯太は思いながら彼女を見れば、漸く、彼女の顔が上へと上がる。
「やだ……。本当に、泣きそうなぐらい、私、凄く嬉しい……」
彼女が、颯太を見てはにかむ。
「……え」
「ごめんなさい……っ。その、貴方に彼女がいなくて、本当に、嬉しくて……。」
予想外の言葉に、開いた口が塞がらない彼だが、仕方がないだろう。
そんな都合のいい言葉を思いつかない程、彼には経験が圧倒的にないのだから。
やだなんて、近年否定の言葉ばかりではない。感嘆詞に多用する若者だって少なくないだろう。
少なくとも、今回のやだは、颯太への否定ではなく、彼女自身喜んでいる自分の恥ずかしさや滑稽さについての言葉だったようだ。
「ほ、本当に!?」
「え、うん」
しかし、一番最悪なパターンを思いついてしまった可哀そうな颯太は、思わず彼女に問い詰める。
まるで先ほどは逆の図に諮らずともなってしまっているのは何の因果か。
「よかった……。嫌われたのかと思った」
なんたって、やだと言われたものなのだから。
「そんな、そんな事、絶対にないですっ!」
颯太の言葉に彼女は慌てて、今度こそは正しい否定を訴える。
「そんな、嫌いになるだなんて、そんな悲しい事……」
「えっ、あ、うん。ごめん。俺も、急に言われたら、何か、全然考えが追い付かなくて、変な事言っちゃったかも……」
今にも泣き出しそうな彼女に、颯太は慌てて自分の非を認めて謝った。
特に悪い事はしていないし、した気も本人はないだろう。
しかし、考えが追い付いていない事は、本当の事だし、彼女が少なからずショックをうけているのもまた事実である。
その点では、颯太の頭の切り替えは早かった。
「謝らないで下さい。私が突然話かけちゃったからですよね。すみません……」
「いや、あの、凄く嬉しかったし。君みたいな可愛い子に話しかけられた事ないから、ちょっと俺、浮かれちゃって……」
「え? もしかして、喜んで、くれるんですか? 声かけた事……。勇気を出して、話しかけて良かったです」
「あ、うん。勿論、凄く嬉しいよっ」
この流れは……?
今度こそ、告白が?
男から告白すべきだと言う声もあるかもしれないが、彼女いない歴年齢の颯太には、それは流石に荷が重すぎる。
出来る事なら、いや、このペースを保てば、彼女からの告白の方が自然である。
今は、その流れに波風を立てる時ではない。身を流す時なのかと、彼は思ったわけだ。
これを智将と言うか、ヘタレと言うかは個人の判断に是非とも託したいものである。
「あの……。もう一つ、もう一つだけ、勇気を振り絞ってみてもいいですか?」
心なしか、彼女の声が震えている様にも聞こえる。
もう一つって……。詰る所、そう言う事だろ?
「は、はい……っ!」
「うん。あのっ、あのっ。メールアドレス教えて下さいっ!」
「……あ、うんっ。勿論っ!」
流石に、告白なんて調子が良すぎるかと、正気に戻れば何とも気恥ずかしい。思わず颯太から乾いた笑いが漏れるが、彼女はそんな事など気にせず、鞄から自分の携帯を取り出した。
しかし、告白されないからと言って、ここで断る馬鹿なんて何処にいると言うのか。
すぐさま、颯太は彼女に携帯のアドレスと、ついでに電話番号を教える。
「ありがとう。あの、今からメールしてみていいかな……?」
「うんっ! いいよ。あ、名前教えて。俺はそ……」
「そんな事はいいから」
そんな事?
まるで自分の言葉を遮るような彼女の言葉に、颯太は顔を上げると、彼女は微笑んでいる。
でも、先ほどの笑みとは明らかに、『何か』が違う。
「ねぇ、私ね、貴方と仲良くなりたいの。今すぐにでも」
「え、うん?」
「このまま終わりって、絶対に嫌なの」
彼女の唇が赤く揺れる。
「だからね、もっと私の事を貴方に知って欲しいの。ねぇ、メール、送ったよ。見てくれるかな?」
彼女の言葉通り、颯太の携帯が揺れる。
見知らぬアドレスだ。
開いてみたら、そこにはURLが張り付けてある。
ssstp://ezz.selecttionmatch_test.co.tmr
「……何これ?」
思わず、声が出た。
彼女は、颯太の問いかけににっこりと笑った。
「言ったでしょ? 私の事を知って欲しいって」
「え、あぁ。うん。けど、このアドレスって……」
見た事も聞いた事もないアドレスだ。
Webサイト? それならば、httpである。
でも、アドレス自体にリンクが張られており、やはり何かしらのアドレスであるのは明確。
「アクセス、してみて?」
「ここに? 今?」
「そう。そこに私の全てが書いてあるから、見て欲しいの」
彼女はまた笑う。
全てが?
流石に可笑しいと、颯太は口を開こうとするが、彼女がそれを許さない。
「大丈夫。怪しいサイトじゃないよ。お金も掛からないし、大丈夫だよ」
彼女はそっと、颯太の手に触れる。
そんな事で颯太は戸惑っているわけではない。
そんな問題ではないと、自分の中の何かが、告げていると颯太は言う。
得体の知らないアドレスよりも、彼女の笑顔が、不自然に目に焼き付くのだから。
「ねぇ、早く。私を知って欲しいの」
何かわからない、この緊張感。戸惑い。そして、彼女の笑顔を見ていると何故だか強烈な吐き気が込み上げてくるのだ。
先ほどの、心が躍るほどの美少女の微笑みでは、決してない。
「ほら。触って?」
彼女は手に力を入れ、無理やり颯太の指をアドレスに持っていく。
こんなにもか弱い女の子だ。振り払うなんて簡単な筈なのに。
でも、そんな事など出来ない。自分に好意がある可愛い女の子だからではない。そもそも、抵抗する力すら湧いてきてくれないのだ。
颯太の指がアドレスに触れる。
その瞬間、彼女のが顔が大きく歪み、まるで呪いかの様な言葉を吐き出した。
「姫様の供物となる事を、光栄に思いなさい」
姫様? 供物? 何のことだと問いただす前に、アドレスの上から指が離れる。
この瞬間颯太はアドレスを事実上、押してしまった事となる。
一体このアドレスには何があるのだと、彼女を見よう顔を上げた瞬間、颯太は自分の目を疑った。
「え……」
颯太が顔を上げると、人波が止まって見える。
「な、何だよ。これ……」
動かない人波は次々と灰色に塗り替えられていく。
瞬く間に色のない世界。
先ほど間での夕焼けも何も色がない灰色の世界が一瞬に広がった。
なのに、目の前で笑っている彼女の色は消えない。
その後ろにいる数人も。
一体、何がどうなって!?
そして、ゆっくりと、彼女の赤い口が吊り上がる。
彼女だけが動いているのだ。この色も時間もない空間で。
「どうなってんだよっ!」
彼女に掴みかかろうとした瞬間、崩れる音が聞こえた。まるで、積み木を崩す様な、破壊の音だ。
一体何処から?
音の出どころを知った瞬間、彼は息を呑んだ。
足元だ。この音は、自分の足元から聞こえる。
下を見る程の時間もない。颯太の足元だけが、下へ下へと崩れ落ちる。
「嘘、だろっ!?」
そして、彼自身も。底の知れない地面の下へと落ちて行くだ。
段々と灰色の世界が高く高く遠のいていく。必死に手を伸ばせど、届くはずもなく、落ちる速度は段々と加速していくのだった。
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