銃と剣

銃と剣 1

 名成大付属高等学校一年五組に通う志賀颯太は、その日いつもの様に特に予定がない放課後を過ごしていた。

 誰かと約束があるわけでもなく、かと言って素直に家に帰って、今日出た課題をこなそうと思うわけもない。

 教室には既に人も疎ら。

 部活がある生徒は、終わりを告げるチャイムの音と同時に席を立ち、足早に自分達の部室へ向かう。

 部活動がない生徒たちは、そのまま席で携帯をいじったり、友達と喋ったり。

 勿論、二カ月前まで野球部だった、颯太もその一人である。

 

「志賀っち」

「ん?」


 颯太が携帯の画面から顔を上げれば、前の席に座る刈谷がこちらを向いていた。


「何?」

「一昨日の子から連絡来た?」

「来てねぇよ」


 何だ、その事かと、颯太はむっとした顔を作って刈谷に返す。


「何だよ。結構いい感じって言ってたじゃん」

「いい感じだったんだよ。マジで! だけど、メール送っても返ってこないし、向こうからも来ないしぃー」


 颯太の返答からして、要は、空振りである。

 

「大体、ゲーセンで仲良くなっただでそんだけ期待できるお前が怖いよ」

「だってさ、ぬいぐるみ取ってあげただけで、凄いとか、かっこいいとかっ! 期待出来ると思うじゃんっ!」

「でも、メールは返ってこないんだろ?」

「最初は返って来たって」


 そう言って、颯太は何通かの当たり障りのないメールを刈谷に見せる。

 確かに最初は女の子の乗り気も伺えたが、モノの数通目でそれがピタリとなくなるのが見て取れる。


「ははは。これは途中で、お前の中身のなさがバレたのが原因だな」

「なんだそれ」

「お前パッと見イケメンだけど、アホだし、チャラいし、軽いし、よく見たらイケメンでもないし」

「全部悪口じゃんっ」

「イケメンも、ぱっと見、金髪ってだけだしな」

「そこだけ? もっとあるだろ?」


 随分な言われようだ。

 刈谷とは中学からの仲だが、初対面から実に失礼極まりない男であった。

 が、こんな言い草は余りにも酷くはないだろうか。


「ないよ。まだ、黒髪短髪の方が、お前の見た目に滲み出るアホさ加減を補っててくれたんじゃない?」


 金色に染まった髪を指さしながら刈谷は笑う。

 黒髪短髪だったのは、野球部にいたから、仕方がなくしていた。好きでしていたわけではないと、颯太は口を尖らすが刈谷は笑うだけだ。


「じゃあ、せめてパッと見イケメンは言い直してくれる?」

「雰囲気イケメンに変えろって?」

「何でだよっ」


 思わず手を使ってツッコミを入れてしまう。

 一緒の事ではないか。


「えー? 何? 志賀君、昨日北分の女の子に声かけてたって、本当だったの?」


 颯太と刈谷の話を聞いていたのか、隣の席にいた女子たちがクスクス笑いながら声を掛けて来た。


「そう。ゲーセンでぬいぐるみ取れなさそうだったから、助けたてやったの」

「マジで? それでも、駄目だったの?」


 彼女達も、面白半分に颯太の失敗話を広げようとしてくる。

 それは話を広げるだけではなく、十分心の傷も広げていると言う事に早く気付いて欲しいものだ。


「メールの返事、来なくてさー」

「あー。志賀君のメールとかって内容ないよねー。北分の子の気持ちわかるかもー」

「わかるー。返事も軽くて適当感あるしー」

「お前らも刈谷と同じ事言うなよっ」

「だってねー?」


 笑いながら、女子たちは顔を見合わせる。

 一体、今日は何の罰ゲームだと言うのか。


「盛り上がったし、めっちゃ話かけてきてくれてたもん」

「早く終わらせたかったんじゃねぇの? それ」

「刈谷は黙ってろよ」

「あははは。わかるー」

「志賀、意外にめんどくさそうだしぃ」


 まったくもって、随分な言われようだと颯太はうんざりした顔で三人を見つめた。

 軽い、チャラい、めんどくさそう。

 ここまで言われていると一体、何処がそうだと言うのか、一人一人問い詰めてやろうかと言う気さえ起きてくる。


「お前ら好き勝手言い過ぎだし。俺の何処が中身無くて、軽いわけ?」


 頬を膨らましながら三人に問えば、三人ともじっと颯太を見て首を傾げる。


「まず、髪が金髪なのはなぁ」

「地毛ですぅー。色素薄いんですぅー」

「夏休み前までは、黒かっただろ、髪」

「あ、わかった。そんな感じの発言とかじゃない?」

「あー。わかるー。その発言が軽いし、うざくない?」


 何だ、それは。

 悪口にまた一つ新しい要素が追加されただけではないか。

 

「お前らに聞いた俺が馬鹿だったわ」

「馬鹿は間違ってないな」

「何だそれ」


 本当に、俺が何をしたと言うのかと颯太は思う。


「志賀っちもさ、黒川みたいにもっと真面目な感じになったら?」


 刈谷の言葉に、颯太は一瞬だけキッと刈谷を睨みつけた。

 思わず、刈谷がビクリと体を震わせる程。

 その姿を見て、颯太はすぐ様それは八つ当たりに他ならない事を知って、目を逸らした。

 こんな事、『アイツら』と同じじゃないかと、自分を戒めながら。

 

「……はぁ? 何でそこに潤一が出てくるんだよ」

「あ、ああ。悪い。男の中の男と言えば、黒川かなって。他意はないから」


 黒川潤一。


「あれ? 黒川君って野球部の子だよね?」

「あー、うち知ってる。隣のクラスの子ー」

「あ、うん。そうそう。俺と志賀っち、黒川と同じ中学校だったんだよ。同じ部活だったし、仲良かったし……」

「え、そうなんだ。知らなかったぁ。全然つるんでる所見た事ないしぃ」

「あ、まぁ……。えっと、志賀っちは、小学校も一緒だっけ?」

「……小学校どころか、幼稚園も一緒だよ」

「何それ、幼馴染って奴?」

「めっちゃ仲良しじゃん。親友じゃん」


 そう、黒川潤一は、志賀颯太の幼馴染で、親友だった。


「そんな事ないって」


 ちらりと、窓の向こうに視線を向ければ、野球部がグラウンドの隅を走っている。勿論、その中は潤一の姿もある。

 家は向いの三軒隣。

 幼稚園から一緒にいて、高校も同じ。

 一番、仲のいい親友だと思っていた。

 でも、きっと、それは自分だけだったのだと、颯太は思う。

 だって、ほら。

 ふいに、潤一がこちらを向いた。しかし、直ぐに逸らされる。

 いつからだろう。アイツが目を逸らす様になってしまったのは。

 いつからだろう。アイツと話さなくなってしまったのは。


「……親友じゃ、ないし」


 いつからだろう。アイツが話しかけてこなくなったのは。

 そんな颯太の様子を見て、話を振った刈谷は、一人頭を掻いた。

 矢張り、触れはいけない話題だったのかと、彼は心の中で呟く。

 中学校の頃はよく二人でつるんでいる姿を所彼処で見かけたが、最近言葉を交わす姿すら見ていない。

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