銃と剣 2
「……ま、色々あるからな。それより、志賀っち、早く三百円返してよ」
「え?」
「昨日購買部でパン買えないって泣いてたから、貸したでしょ?」
「……あっ」
「え、忘れてたの?」
「志賀どんだけ、恩知らずなわけ?」
「マジで? 隣の席の私でさえ、志賀君が刈谷君に三百円借りてたの、覚えてるんですけど」
「お前ら二人うっせぇなあ。今から返すところですぅー」
颯太の言葉に、女子二人はキャッキャッと声を上げて笑う。
当たり前の事なのだ。今、颯太の目の前にある光景が全てを物語っている。
もう既に、この様に、颯太の周りには中学校とは違う交友関係が築かれているじゃないか。
同じ学校であるが、同じクラスではない。同じ部活動でもない。そんな彼ら二人の接点なんて些細なものだ。
グラウンドを見れば、潤一は野球部の誰かと喋っていて、先ほどの颯太と同じように笑っている。
それは、颯太の友達ではない。そして、逆も然り。
潤一もまた、颯太のいない交友関係を新しい所で築いているのだ。
別に喧嘩をしているわけでもない。話かけたくないわけでもない。
でも、態々こちらが話しかけることもなければ、相手も話しかけてくることはない。それだけ。
それがただ、続いているだけなのだ。
お互いがお互い新しい交友関係を築いているのだから、それは当たり前の事だろうと、颯太は自分に言い聞かす。
潤一だけじゃない。同じ中学校から来ている友達だって、接点がなければこれと言って話す事など態々しない。
こうやって、新しい関係を次へ次へと築いて大人になるのだ。
そう、颯太は一人で思い、グラウンドからそっと目を離す。
大人になれば、友達もかわる。そう、テレビで言っていた事を颯太はぼんやりと思い出しながら、『今の友達』を見る。目の前にいる彼らのお掛けで、痛みはない。
そう、痛みなど無い筈なのだ。
「ほら、三百円」
「ありがとうございました。刈谷様、だろ。そこは」
「ついでに野田様もー」
「あ、じゃあついでに逢妻様も」
「何でお前たち二人に迄、様付けなきゃいけないんだよ」
皆で笑いながら、その後も取り止めのない話で盛り上がった。
しかし、そんな楽しい時間を遮ったのは、刈谷の一言である。
「あ、やっべ。俺、そろそろ帰るわ」
まだ、日は明るいと言うのに。
「えー? 刈谷君デート?」
「刈谷に彼女なんていないっしょ?」
「お前と一緒にすんなよ。バイトの時間だって」
「あー。そっかー。いってらー」
「頑張ってねー」
「お前らに言われなくても頑張るわ。でも、お前らもそろそろ帰んないの?」
「何だよ、刈谷一人で帰るの寂しいわけ?」
「そんなわけないに決まってるだろ。アホか」
「あ、でも、もうこんな時間なんだ」
「あー。やばっ。バスの時間遅くなるの困る」
刈谷の一声で、他の二人もバタバタと鞄を手に取る。
「志賀っちは?」
「んー。俺もそろそろ帰るわ。職員室に寄ってかなきゃいけないし、皆先に帰っててよ」
そう言って、颯太は手を振る。
「あっそ、じゃあまた明日な」
「また明日ー」
「志賀、課題忘れんなよー。順番的に当たるのあんたなんだから」
「野田も忘れんなよ。俺に答え教えてくれる人間がいなくなるからな」
三人は手を振り、教室を出て行った。
その後ろ姿を見ながら、颯太は席から動けなかった。職員室なんて、本当は用などない。行く必要など、何もない。
もう秋先だと言うのに、まだまだ日は長いままだ。
何となく、皆と一緒に帰りたくなかった。帰り道、誰かに話しかけて欲しくなかった。このまま家に帰りたくなかった。
もし、これが中学校の頃であれば、きっと颯太は迷わず潤一に声を掛けていただろう。
野球部の声が外から聞こえる。偶然なはずなのに、まるでそれが答えだと、颯太は言われている様な気になってくる。
颯太は何かを諦めた様に鞄を手に取り、教室を出て帰路に着く。
まだまだ、残暑が残る九月の夕暮れ。
颯太は日が沈む中、気まぐれに駅を降りた。
何処か遊びに入ろうか。それとも、欲しかった漫画かCDを見に行こうか。目的地なんて決まってない。
本当に、ただ気まぐれに、足を進める。
ゲームセンターでもいいかもしれない。久々にゲームでもするかな。登録カード、あったけ。とりとめもない思考が、ダラダラと脳に停滞しては信号の点滅より早く消えて行く。
CDも漫画も通り越して、颯太は足を進め、大きな交差点で、颯太は足を止めた。
信号は夕焼け色。
目的もなく、栄から大須に出ようと思って歩けば、いつもは大きく白い歩道橋も赤く染まっている。
大きな通りである。信号を待っている人も多い。人々は携帯に顔を下げたり、隣の友人と話したりと様々。
携帯を出す気にも見る気にもならない。かと言って、隣にいる人間は誰も居ない。
ただ、颯太は何気なしに顔を上げて、前を見ていた。
横断歩道の先。
歩道橋、その先の高速道路の下は、既にほの暗い。
「……おぉ」
思わず声が出る。
ほの暗いはずなのに、向こう側で信号を待っている一人の少女が嫌に彼の目には輝いて見えのだ。
耳の上で二つに結んだ髪。
大きな瞳に小さい唇。
幼く可愛らしいと言うのに、整った顔立ち。
なんと言う程の美少女だろうかっ!!
きっと、誰もがそう思っている事だろう。
その証拠に、チラチラと、他の男たちだって彼女を見ているじゃないか。
しかし、そんな男たちの様子にも気付かず、彼女も周りと同じように携帯に目を向けている。
彼女の顔を見ながら、颯太の胸がドキリと高鳴った。
颯太だって、健全な男子高校生の一人である。美少女が目の前にいるとなれば、期待をしないわけがない。
こっち向かないかな。
そう、颯太は心の中で念じた。実に可愛らしい願い事ではないだろうか。思わず、それぐらいかならば叶えてやってもいいのではないかと、思う方々だって少なくないだろう。しかし、残念ながら現実は非情である。声に出ていたとしても、車の音や、この距離だ。決して聞こえるはずがない。
だから、彼女は顔を上げない。上げる理由がない。そして、切っ掛けもない。
しかし、なんとも、『神』と言うものは、気まぐれで、それでいて非情である癖に非常を好みなさる方々だろうか。
さて。何故、今、神を褒めているか、皆々様ならばもうお分かりかと思う。
そう。奇跡が起きた。起こらない筈の、奇跡が。『神』の手によって。
なんと、彼の願い通りに彼女は、不意に携帯から顔を上げた。
そして、またも奇跡が起こる。上げた瞬間、綺麗な青色の瞳が颯太を見る。
そう、こうして彼の願いは叶い、おまけで少女と颯太は目が合った。
これ程の距離だと言うのに、またも颯太のドキリと心臓が跳ねる。奇跡はまだまだ止まらない。その様子を見て、少女はにっこりと微笑んだ。
勿論、颯太に向かって。
目が離せないと思っていれば、信号が青になる。
人混みが動いていくのに、彼女は動かない。その代わり、彼女とは逆に、引き寄せられるように、颯太は前に足を進めた。
黒いセーラー服の襟をはためかせながら、彼女はその場に立ち止っている。
話しかけていいものか、なんなのか。
あの制服、あの白いスカーフ。間違いなく、県内では有名な三大お嬢様学校の一つ、錦城学院高等学校の制服だ。
どうしようと考えている間にも、彼女との距離は詰まっていくではないか。
颯太の心配とはよそに、彼女はまだ颯太を見ている。
一体、自分に何が……。
「あのっ」
後少しでと言う距離で、口を開いたのは彼女の方だった。
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